学校以外では学べない?多様化する不登校生徒の学びの場を教育ジャーナリストおおたとしまささんに聞く

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2022/09/20

夏休みが明け、学校の授業が再開する時期は、不登校になりやすいタイミングだと言われています。

不登校になると本人も保護者も、

「勉強が遅れてしまう」
「学力が身につかないと、将来どうなってしまうのか心配」
「学校に行かないと、その先進学することができないかも」

と、学力や進路に関する不安を抱えてしまいがちです。しかし、現在は学校の他にもさまざまな学びの場や進学の機会が存在します。

そこで、今回はどのような学びの場があるのか、それらをどう生かせばいいのか、2022年8月に『不登校でも学べる』(集英社新書)を出版した教育ジャーナリストのおおたとしまささんに伺いました。

●お話を伺った人

おおたとしまささん
Larga合同会社代表
教育ジャーナリスト。リクルートから独立し、教育関連の取材・執筆を中心に活動、講演活動も行う。近著に『子育ての「選択」大全 正解のない時代に親がわが子のためにできる最善のこと』(KADOKAWA)など。

フリースクールに民間の居場所や塾… 必要な学びを選べる時代に

——おおたさんのご著書『不登校でも学べる』では、一般的な学校以外のさまざまな学びの場を取材されていますね。どんな場所がありましたか?

まず、フリースクールというものがあります。フリースクールは公的な機関ではなく、個人やNPO法人などが運営する民間の教育機関です。教育方針も形態もさまざまですが、在籍している学校の校長が認めた場合には、フリースクールに登校することで学校の出席日数にカウントしてもらうこともできます。

また、「教育支援センター(適応指導教室)」という公的機関もあります。不登校の児童生徒へ無償の学習機会を確保し、支援する場所で、文部科学省も全国の自治体に設置を呼びかけています。ただ、設置している自治体はまだ6割程度しかありません。

—―フリースクールや教育支援センターは、不登校になったときにまず検討する機関ですね。他にもあるのでしょうか。

最近では、「不登校特例校」と呼ばれる学校が出てきています。学校教育法に基づいた正式な学校のことを一般に「一条校」と言い、一条校となる要件を満たしていないけれど学校の形態をとっている機関が、現在「フリースクール」や「オルタナティブスクール」として存在しています。

しかし、2005年の学校教育法改正以降、一条校の中でも特例的に、不登校や発達障害の生徒などが学びやすいようにカリキュラムに弾力性を持たせた学校が出てきました。これを俗に「不登校特例校」と呼ぶのですが、年間の授業日数を減らしたり、それまでの教科の枠組みにとらわれない独自の科目を用意したり、障害のある生徒も学びやすいような合理的配慮がされたりといった内容になっています。

——現在はどれくらいあるのですか?

2022年度の時点では全国に21校ですが、今後増えていくことが予想されます。

この他にも、自宅でさまざまなコンテンツを使って学ぶホームスクールや、個人やNPOなどが運営する子どものための居場所不登校生徒専門の学習塾などもあります。

さらに、一般的な学習塾を学びの拠点として活用することもできます。学習塾は現在、全国に5万ほどあり、これは小学校の2.5倍です。これだけ全国に広まってインフラとなっているので、ひとつのリソースとして利用していけばよいと思います。

——そうしたさまざまな場所があることを踏まえて、どのように選択していくのがよいのでしょう。

フリースクールも、民間の機関も、内容は本当にさまざまです。まずはその子に合うかどうか内容をよく調べることが大切ですが、学校とは違って、さまざまな場所を自由に選んで組み合わせることができるのは、子どもの学びにとって大きなメリットだと思います。コース料理ではなく、ア・ラ・カルトを自分自身で選んで組み合わせるというイメージですね。

大人のリモートワークでもそうですが、昨日はカフェ、今日は自宅、明日はオフィスに行って仕事をしようと、仕事の内容やその日の気分によって場所を決めることができるようになりましたよね。それによって効率が上がった人も多いと思います。

子どもにとってもそれは同じで、学校というひとつの箱に押し込められて、決められた仲間とともに決められたことしか学んではいけない環境よりも、自分の意思で「今日はここで、これをやる」と決められたほうが、より意欲的な学び、深い学びにつながっていくことが多いと思うのです。

——なるほど、不登校で学べなくなったと考えるのではなく、自由に学べる機会が増えたと考えたほうがよいということですね。

そうですね。旧来の学校のシステムでは、多様な子どもたちへの学びを必ずしも全員に保証することができなくなっており、それを学校以外の場所がさまざまな形で補っていると言ってもいいかもしれません。

児童生徒一人一人が違うだけでなく、その日その日で気分も違うのが人間です。それを無視して決められたことをやらなくてはならない設計になっているのが、今の学校です。非人間的な場所になっているわけですね。

しかし、日によって学びの場を自分で選ぶことができるという自己決定の機会があることで、子どもは目標を持ちやすくなります。自分が選んだことだからと責任を持って学ぶこともでき、成長につながるのだと思っています。

『不登校でも学べる 学校に行きたくないと言えたとき』(集英社新書)

すべての学校が不登校特例校から学ぶべき!

——実際にさまざまな学びの場を取材されて、どのようなことを感じましたか?

ホームスクーリングをしている家族の話を聞いたときに、すごく柔軟にパッチワーク型で学んでいるなと思ったんです。料理や掃除などの家事や、生き物の飼育や観察から学んだり、インターネット上の学習コンテンツで学んだり、オンラインスクールを利用したり。一カ所ですべてをまかなおうとするのではなく、その子の特性やその日の気分や調子に合わせて学びを選び取っている。

不登校の子に限らず、学校というオールインワンのパッケージに頼るのではなく、今後は個別に学びの場や内容を自分で選ぶような流れになっていくといいなと思いました。

——今の学校で、そういうことができるようになればもっといいですよね。

そうなんです。実際、不登校特例校がそのようなカリキュラムを実現しており、一般的な学校にはうまくなじめなかった子どもたちものびのびと学校生活を送れていました。

特例校の先生たちが受けているような、心理学的な内容も含めた研修を、一般的な学校の先生たちも受けるようになれば、学校はもっと変わっていくのではないかと思います。

——ただ、今の学校の仕組みで教員の研修を増やすのは、負担が大きくなりすぎて難しいのではないでしょうか。

もちろん負担は一時的に増えるので、いきなりやるのは現実的ではないと思いますが、もし実現できれば学級運営は楽になるはずです。40人を一律に揃えることに重点を置き、知識がないことでその中のほんの数人の対応方法がわからず苦労する、ということはなくなると思います。

不登校特例校に一年間出向したり、フリースクールで半年間経験を積むなどでもいいので、先生たちの知識が増え、意識が変わるような機会を提供してほしいと思っています。

——まず、学校では生徒がみな一律になるよう管理する、という考え方から脱出しなければなりませんね。

はい。学校の先生はこうでなくてはならない、学級はこうあるべきという考え方を壊す時期にきていると思います。学校では先生も生徒も間違えてもいい、間違えたところから学ぼうという意識も大切です。

ちょっとミスをしただけですぐに責任追及されるような世の中が、「学校はちゃんとしていなければならない」という圧力となり、管理教育につながっていて、子どもたちにとって居心地の悪い場所になってしまっていることに、社会全体が気付いていくべきです。

学校が、失敗を含めて試行錯誤しながらいろいろな経験ができる、先生にとっても生徒にとっても居心地のいい場所になればいいなと思います。

——学校以外の学びの場が、もっとこう変わればいいと感じたことはありませんか?

教育支援センターについては、そこで児童生徒たちに学んでもらうというよりも、多様な学びの場をコーディネートする案内所のような役割になればいいと思っています。

今は自分で情報を集めてパッチワークを作らなくてはならないですが、公的な場から民間の場まで合わせて、この子にはこういうところが向いているのではと、具体的に学びの機会を案内してくれる場所が必要になってくると思います。

——ご著書の中では、「教育支援センター」という名前にも違和感があると書かれていましたね。

以前は「適応指導教室」という名前で、そこに通うと「自分は不適応なの?」と自己否定感を与えてしまうことがありました。そこから「教育支援センター」に変わってきているのですが、文科省は、「学校生活への復帰を支援」する場所と定義しているんです。すると、学校に復帰したいと思っていない子にとっては、必要のない場所になりますよね。まずはこの定義を見直したほうがいいと思います。

そのうえで、オンラインも含めてさまざまな学びの場が出てきている今、単純に「学校以外での教育支援」を目的として、コーディネート役に回ってもらえれば、非常に役立つ機関になるのではないでしょうか。

——地域にあるさまざまな学びの場とつながっている、ハブになるような案内所があれば、安心ですね。

(イメージ)

通信制高校の存在で、不登校でも安心して学べるように

——不登校の生徒が学べる場所として、ご著書の中では複数の通信制高校も取り上げられていました。通信制高校を取材して、どんなことを感じましたか。

通信制高校は、まさに自分で選び取るパッチワーク型の学びができる学校です。学校に通う頻度も、授業も自分で選ぶことができる。主体的に学べる場所ですね。

中には一般的な中高一貫校の校舎に、週末になると通信制の生徒が通ってくるというところもあります。立派な校舎の中で学校生活も楽しみながら、日常的に自分がやりたいことを学んでいける。おいしいところをとった学校生活が送れるわけです。

こういう学校があるなら、全日制普通科の高校に行く必要はないな、と感じるほど充実していましたよ。

―—ただ、不登校の中学生やその保護者の中には、まだ「通信制高校〝しか〟選択肢がない」「高校を出た後の進路が不安」とネガティブにとらえている人も多いと思いますが。

通信制高校はもう、そういう立ち位置ではなくなってきていると思います。コロナ禍でオンライン授業も一気に広がり、まさに「通信」で勉強ができる時代になりました。

それぞれの目的に応じて柔軟に学べる場所として、進路選択の中に当たり前に入ってくるレベルなんです。そう思うと、小学校や中学校で不登校になっても、出席日数に不安を感じながら過ごすこともなくなりますよね。

——教育を受ける側に、「ひとつでも偏差値の高い学校へ」「有名な大学に行って大企業へ」といった考え方があると、通信制高校では不安と感じることもあるのではないでしょうか。

特に保護者がそんな考えを持っているために、通信制高校に対してネガティブになってしまうことが多いと思うのですが、考え方を見直すべきです。

社会が意図的に作ってきた学歴社会、偏差値教育を手放し、「自分の進みたい道を選び、仲間とともに生きていくこと」が人間の本来の幸せだと保護者が気づくことができれば、子どもは不登校でも堂々と生きていくことができます。もちろん大人たちは、そういう社会が実現するように自分たちの言動を変え、仕組みを作っていく責任を負うべきです。

それができれば、将来、たとえ所得がそれほど高くない仕事に就いたとしても、卑屈さや劣等感を必要以上に感じることもありませんし、自分で選んだ生活を幸福度の高い状態で生きられるようになるはずです。

子どもが不登校になった場合に、「いつか学校に行ってくれるはず」ではなく、「学校に行かなくてもこの子は大丈夫なんだ」と保護者が信じることが大切だと思います。

——何をどのように学ぶか、通信制高校では主体的に選んで学ぶことができますから、自分の人生を選んでいく基礎的な姿勢は身につきますよね。

はい。いつも同じ教室で同じ仲間と、決められた授業を受けて、保護者や社会が「いい」と言う進路を選んで漠然と生きていくのではなく、小さなことでも自分で選んでいくことの積み重ねが、幸せに生きていくためには必要です。ですから、不登校になったときには、そのチャンスをうまく利用してみてください。

——ありがとうございました。

<取材・文/大西桃子>

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この記事を書いたのは

大西桃子

ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。