自分の家は本当に「普通」? 『酔うと化け物になる父がつらい』『毒親サバイバル』漫画家・菊池真理子さんに聞く、しんどい親との過ごし方

先輩に聞く

2018/10/24

自分の親はものすごく面倒くさい人間で、対応するのがつらい。それでも、自分の親だから、これが普通だから……。そう感じている人は少なくないのでは。

漫画家の菊池真理子さんも、アルコール依存症の父親と長年一緒に暮らす間に、さまざまな感情が積み重なっていきました。そんな父親との暮らしを赤裸々に描いたコミックエッセイ『酔うと化け物になる父がつらい』(秋田書店)は、大きな反響に。そして、2018年8月、11人のしんどい親との体験談を描いた『毒親サバイバル』(KADOKAWA)を上梓されました。

父親との暮らしに自身も悩んできた菊池さんが、なぜ他人の家庭のエピソードを描こうと思ったのか。その舞台裏から、しんどい親をもつ当事者と周りの大人がするべき対応のヒントを探ります。

特別じゃない11人の「普通」を描いた物語

――『酔うと化け物になる父がつらい』では、菊池さんご自身の体験を中心に描かれていました。『毒親サバイバル』では、取材協力者に家族との関係を聞いていますよね。作品を描くにいたったきっかけを教えてください。

そもそも、私は『酔うと化け物になる父がつらい』を描いているときも、自分の親がいわゆる“毒親”【※1】だとは、全く考えていませんでした。私にとっては自分の生活は「普通」だったので、作品作りのなかで人生を客観視しようとしても、完全にはできていなかったんです。

【※1】毒親……子どもの人生に悪影響を与える親のこと。

前作の出版後、「私の家も似た事情でつらかった」と、ご自分の家庭の悩みや体験談を送ってくださる読者さんがとても多かったんです。それを拝見すると、「これはひどい」と感じられました。読者のお話を知ってやっと、私自身の家庭にも問題があったんだと腑に落ちたんです。

一方で、読者さんの中には、「本当にこんなにひどい家があるの? フィクションじゃないの?」とおっしゃる方もいました。受け取り手によってリアルな話でもフィクションに感じられるんですね。それなら客観的な感覚で他の家庭の話を聞いてみようと思ったんです。

――自分の人生を客観視するのは誰にとっても難しいですよね。今回は菊池さんを含めた11人の多様な家庭のエピソードを収録されています。取材する方の人選はどのように行ったのでしょうか?

知り合いや編集さんが探してくださった方が中心です。過保護な親、暴力的な親などとしぼって探したわけではありません。体験にバリエーションが出たのは偶然でした。

ただ、男女比は同じくらいにしました。これまで、親子の問題を語るときは母娘の関係に注目されることが多く、男性の事例は少なかったので。

――それはどうしてでしょうか?

男性には、不満を外に漏らすことを良しとしなかったり、不満を仕事に没頭することで解消するという社会の風潮があるせいかもしれません。けれどそのままでは社会的には成功しても、家庭を顧みなかったり、配偶者に対してつらく当たったり、違う形で歪みを現す「しんどい家庭」の再生産にもつながりかねないですよね。

だから、男性読者にとっても、周囲の人にとっても、今回の本が考えるきっかけになればと思っていました。

――家族のことを人に話す機会ってあまりないかもしれませんね。

そうですね。今回取材した方も、家族のことを他人にきちんと話すのは初めてという方が多く、言葉選びに苦労されているようにお見受けしました。取材は少なくとも3時間、長い場合は5時間以上かかりました。普段は理路整然と話す方でも、この取材中はどう言葉にするのかを悩みながら話されていたのが印象に残っています。

そして、ここに登場してくださった方々は「奇跡の11人」ではないんですよね。

宇宙から生還したとか、世界的なIT企業を立ち上げたとかということではない。強烈なエピソードが多いけれど、児童相談所の支援につながったケースもありません。つまり、どこで起こっていてもおかしくない「普通の家」の話ばかりなんです。

かつての私も含めて、ほとんどの子どもは「自分の家が普通」だと思っています。なぜなら「そこ」しか知らないから。だから、我慢する感覚もなく、異常な世界でも普通と信じて生きている。そして大人になって社会に出てみて、「自分はなんだかズレている」「なんで適応できないんだろう」という理由がわからない悩みや不安に直面される方が多いのです。

菊池さん自身も、子どもの頃に「普通」とのギャップを感じたそう(『毒親サバイバル』より)

――他のご家庭のお話を聞いていく中で、菊池さん自身の考えの変化や気づきはありましたか?

経験を聞いたり伝えたりすることは、お互いの助けになると感じました。共有するだけでも、客観的に見られるし、共感されたらそれだけで癒しになる。

自分の経験だけを振り返っていると、親側の事情や行動の理由をどうしても考えてしまうんです。でも、他の方の話を聞くと、この人は子どもの頃に本当にとんでもないことをされてきた被害者なんだな、と素直にわかる。そういう意味で、話すほうも聞くほうもすごく楽になることを知りました。

私はもともと閉じこもりがちで、一人で全部抱え込むタイプでした。でも、今回の本の取材執筆をきっかけに、少しずつ自分の悩みや考えを外に出せるようになったと思います。一人で閉じこもっていても何もいいことがないなって。

「自分の親を許さなくてもいい」と伝えたい

――また、帯の「許さなくていいよ。」というメッセージもとても印象的でした。

こちらは編集さんがつけてくださったメッセージなんです。本のデザイナーさんからは「重いテーマだから、できれば帯は明るい内容にしたい」と意見をいただいていたそうで、最初は明るいものと「許さなくてもいいよ。」の2つを編集さんが考えてくださいました。ただ、今回取材した方が異口同音におっしゃっていたのは「親を許さなくてもいい」というメッセージで。そういう背景もあり議論を経て、「許さなくていいよ。」に決まりました。

――親を大事にしないといけない、という世の中の風潮が強まっているように思います。だから親を「許さなくてもいい」と言われても、最初は戸惑いそうですね。

人にはそれぞれ背景なり歴史なりがある 。たとえばお酒を飲みすぎる人だって、他人の話ならそうしなければやってられない事情があるのだと、理解も共感もできます。

ですが、自分の親に対してだけは許さなくてもいいと思うんです。うちの父があんなにお酒を飲んだのには理由があって、私にも飲ませてしまった原因がある。理由があるんだから許してあげなきゃいけない、という考え方になってしまったら、自分を責める負のスパイラルに入ってつらくなります。

ご飯を食べさせてくれたり、学費を出してくれたりしたからって、何をされても我慢しないといけないわけじゃない。そもそも、それらは親の義務なんです。だから、やってもらったことに対して、必ずしも感謝することが前提なのではないということも知ってほしいと思います。

――『毒親サバイバル』の中には、ご自身の経験を振り返って、前向きに生きておられる人が登場します。個人差もあると思いますが、その考え方には何か共通点はありましたか?

『毒親サバイバル』の最終章にも描いたのですが、親の問題があっても前向きに生きている方は、他人へ気をつかったり、いい意味で他の方の人生を少しでも良くできたらということに目がいっている方ばかりだったんです。人に目が向くのと、前向きになることはどちらが先かわかりません。自分の問題を客観視できて、楽になった瞬間に苦しい人に対して優しくできるようになるのかもしれませんね。

しんどさの中にいる当事者たちや周りの大人たちはどうすればいい?

――もし、子ども自身が「うちってもしかしてしんどい親かも」と気づいたら、どうすればいいのでしょう?

高校を卒業したら家を出るのは現実的な方法ですが、中高生だと学校にも通わないといけないし、家族から離れるのも難しいですよね……。

なので、本当におかしいと感じたら、気持ちだけでも家庭内別居をしましょう。何を言われても、右から左に受け流すとか。家族との心のつながりを切ってでも、自分の心を守るのを優先してほしいですね。

あと、少しでも味方の数は多いほうがいいので、先生や近所の人など信頼できる大人に相談してみてください。もし一度相談して、「いやいや、親は大切にしなさい」と言われたら、その人に相談するのはやめていい。あなたの状況をわかってくれる大人は必ずどこかにいるはずです。

――一方、相談される立場の人が心がけることはありますか?

赤の他人が完全にその子を救うのは、難しいですよね……。専門機関の方に、「もし、近隣の家庭に危険な状況の子どもがいたらどうするべきか」を聞いたところ、「本当にその当事者の子を救いたいなら、養子にするくらいの覚悟が必要になる。まずは行政の適切な専門機関につなげてほしい」と言われました。

叱られて一人で泣いている子どもがいても、傍目にはそれが「しつけ」なのか「問題がある」のかは判断できません。だから、もしそういう子がいたら、冷たく通り過ぎるよりも、「大丈夫?」と一言声をかける世話焼きおばちゃんでいられるといいのかもしれません。

見捨てるわけじゃなくて、適切な場所につなげること。あとは、できる範囲での挨拶とか、その子に目を配るやわらかいつながりは保ってほしいです。行政ができない部分でもあるので。そういう「他人だからこそできる関わり」を大切にするといいのではないかと思います。

あなたの感じた「つらさ」を大切にしてほしい

――最後に、親との関係に悩む中高生へのメッセージをお願いします。

家族の問題じゃなくても、部活でも、恋人や友人の悩みでも、何かちょっとでも違和感があったり、つらさを感じたりしたら、とりあえず誰かに相談してほしいです。自分にはわからない原因がわかるかもしれません。察知してくれる大人は必ずいます。

世界は本当に広くて、いろいろな人がいる。「なんとか生き延びれば、生きやすくなる」という希望をもってほしい。大人の世界はそんなに悪くないよと伝えたいですね。

『毒親サバイバル』も、世界を知る扉の一つ。本書で紹介した方々も狭い世界を生き延びた人ばかり。皆さんのエピソードで、その先に世界が広がっているのを感じてくれたらうれしいです。

(企画・取材・執筆:鬼頭佳代/ノオト 編集:松尾奈々絵/ノオト)

取材協力

菊池真理子さん

マンガ家。『毒親サバイバル』は『酔うと化け物になる父がつらい』に続く、二作目。現在、月刊『エレガンスイブ』にて『生きやすい』を連載中。

https://twitter.com/marikosano_o

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年10月24日)に掲載されたものです。

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