2026/04/28

デジタル教科書で学力は伸びる?紙教材との違いと学び方

専門家に聞く 

日本政府は2026年4月、デジタル教科書を紙の教科書と同様に正式な教科書として位置づける学校教育法改正案を閣議決定しました。2030年からは各教育委員会が「紙の教科書のみ・デジタル教科書のみ・併用」を選択できるようになります。
教育のICT化が加速している現状ですが、「デジタル教科書で本当に子どもの学力は伸びるのか」と不安に感じている保護者の方も多いのではないでしょうか。一方で海外に目を向けると、いち早くICT化を進めていたスウェーデンやフィンランドなど一部では、子どもの学力低下が指摘され、紙の教科書へ回帰する動きとなっています。その背景には、デジタル教材の質が担保されていないことや、デジタル機器に長時間触れることによる心身の不調などもあるようです。

実際にデジタル教科書と紙の教科書では学力の伸び方が変わるのか、どのような違いがあるのか、気になるところですが、ICT化の流れは当面続きそうな今、子どもたちがより効果的に学ぶためにはどうすればいいのか、言語脳科学者で東京大学大学院教授の酒井邦嘉(さかい・くによし)先生にお話を伺いました。

酒井教授によれば、「デジタル教科書と紙の教科書における学習効果の違いや、デジタル教科書の使用による弊害が議論されないまま、導入が決まったことは残念」とのこと。どういうことなのか、詳しく聞いていきましょう。

デジタルでは記憶が定着しにくい理由

—— 酒井教授は、デジタル教科書の導入によって子どもの学力が低下することを懸念されていますが、どういった点が問題なのでしょうか。

紙の教科書は実体として手に触れることができ、どんな内容が1冊の中のどこに書かれているか、空間的な手がかりをもとにページをめくることができます。しかしデジタル教科書では画面内で自由に移動したり拡大したりできる反面、そうした空間的な手がかりが少ないまま読む箇所を探す必要があって、見落としが多くなります。多機能のデジタル機器やソフトは一見便利に思えるかもしれませんが、脳には「便利」や「効率」という価値観は通用しません。私たちの脳は、何度も繰り返すことや、どんな場所でどのような状況で経験したかという付加情報があることで、記憶が定着しやすくなります。また、デジタル辞書で調べたい見出しにはすぐたどりつけますが、言葉の意味や例文などを探すには、一覧性に優れた紙の辞書のほうが学習効果が高いと言えます。一般に電子版と比較すると、紙のほうが深い理解が得られるという研究結果があります。

デジタルの主な問題点

空間的手がかりが少ない

見落としが増える

記憶定着しにくい

—— たしかに問題を解くときに、「教科書のあのあたりに書いてあったな」「隣に大きなイラストがあったな」と、暗記したときの情報と同時に思い出すことも多い気がします。

もとは紙の本だったものをデジタル化したと言っても、レイアウトやフォントなどが同じとは限りません。文字サイズなどを変えてしまうと、ページ割りなどが大きく崩れてしまいます。見開きのページの中のどこに何が書かれていたか、教科書全体のどこに載っていたかなど、全体の中での位置が定まらないことで、学習の効果が低下してしまいます。

—— 歴史の教科書で考えてみると、聖徳太子は前のほうのページ、伊藤博文は後ろのほう、と出てくる場所によって時代の流れの感覚をつかんでいた気もします。

全体の流れや文脈を把握するためにも、空間的な手がかりが得られる紙の教科書が必要です。紙の辞書であれば、知りたい情報だけでなく関連した情報が次々と目を引くわけで、一覧性が学びに役立ちます。一度目にしただけで覚えるのは難しいものですが、「この言葉にはたくさんの意味がある」「こんな使い方もある」という理解を積み重ねていくうちに、私たちは知識を蓄えていけるのです。デジタル機器やAIの活用で効率よく覚えられるわけではありません。

—— しかし、ものを調べるのであれば、インターネット上にもたくさんの情報があり、多くの知識を得ることが可能です。

インターネットは、情報があまりに多すぎることが問題なのです。学ぶべきことが取捨選択されていない状況でたくさんの情報に触れることは逆効果であり、受け身になって思考停止に陥りがちです。脳は自分で考えることを通じて発達していきますから、少ない情報を補って「自力で考える」ことが大切です。その力が難しい問題の解決能力などにつながっていきます。たとえば進路を決めたりする際に、インターネットの情報をあさっても流されるだけでしょう。自分は何をしたいのか、何ができるのか。それがわからないまま知識だけを得ても意欲が持てず、無為に日を過ごすことになりかねません。

—— デジタルに頼りすぎることで、自己理解や自己表現ができなくなってしまう可能性があるわけですね。

コスパ・タイパが招く表現力低下

—— 先ほどは情報の記憶において、デジタルでは学力の低下の懸念があるというお話でした。記憶力の他、表現力や思考力などの面でも不安な点はあるのでしょうか。

理解力が低下すれば、想像力はもちろん、表現力や思考力にまで影響が及びます。たとえば書字能力が衰えていることは、日常的にスマートフォンやパソコンを使っている人なら実感しているのではないでしょうか。紙のノートに手書きするのではなく、デジタル入力で変換機能に頼ることで、読めても書けない漢字が増えます。予測変換によっていつも同じ表現を使いがちになって、言語表現も深まらないわけです。

—— でも、ノートをとる代わりにキーボードで文字を入力したり、録音した音声を自動で文字起こししたりするなど、デジタルの機能を使うことができれば、授業をよりじっくり聞くこともできる気がしますが……。

キーボード入力では受け身になって打つことに集中しがちで、頭に残りにくいですし、文字起こしに頼れば要点の把握もおろそかになるでしょう。話を聞きながらメモをとることで、私たちはどの情報が重要か、頭の中で取捨選択していきます。作文やレポートを書く場合でも、書き直しを減らすために、あらかじめ構成をじっくり考えてから書き始めます。こうした準備作業が、言語能力、表現力、思考力を高めていくことにつながっていきます。

学力低下につながる主な要因

書字能力の低下

予測変換による表現の固定化

受け身の学習(文字起こしなど)

—— 脳にラクをさせないことが大事なのですね。

今は「コスパ」や「タイパ」のように効率を重視する風潮ですが、教育は効率と無縁です。中学生や高校生は脳を作っていく貴重な段階ですから、その間に手間暇をかけなければ、脳が成長していけません。また、今はSNSで短文やスタンプで意思疎通をするのが日常になっていますが、文脈を読めずに行き違いなどが起こりがちです。これも当然の結果で、人に伝わる文章を丁寧に書くことや、文章からじっくり情報を読み解く力が十分に備わっていない状態では、短文で意思疎通をしようとすることに無理があるのです。

—— たしかにSNSでは文章を書く前に表現をじっくり考えたり、書いてから推敲したりすることが少ないかもしれません。そうした経験がないまま大人になるのは不安ですね。

AI時代に惑わされず学力を伸ばす『一手間』の重要性

—— ここまで教育のICT化のリスクについてお伺いしてきました。今後デジタル教科書の導入は進んでいくでしょうし、すでにAIを活用している中高生も少なくありません。そんな中で、学力を落とさない、あるいは向上させるためには、どうしたらいいのでしょうか。

そうやって現状を軽視して流されることが、事態を悪化させているのです。AIや機械に頼るようになれば、能力を伸ばす貴重な機会を失うことになります。そこで学習の原点に立ち返らねばなりません。最も大切なことは、疑問を繰り返すこと、疑問を放置しないことです。教科書に書かれていること、授業で聞いたことに対して、「それはどうしてだろう」と問いを持つことをやめないこと。それをノートに手書きで記録しておき、繰り返し見直して考えることです。

—— 先ほど、デジタル教科書では空間的な手がかりがないとおっしゃっていましたが、学校でデジタル教科書が導入されたときにできる工夫はありますか。

画面上で見るだけではなく、印刷して繰り返し読むことが大切です。また、英語のデジタル教科書では、調べたい単語をタップすると意味が表示されるものもありますが、それだと「他にもいろいろな意味がある」ことすらわかりません。日本語や英語に限らず、言葉については常に紙の辞書を引くことが、言語能力を上げることにつながっていきます。

—— 言葉の意味の他にも、疑問を持ったときにはインターネットで調べる人も多いと思います。

インターネットやAIに頼って答えを出そうとしてはいけません。それは常に平均的な答えしか得られないからです。辞書を引く、資料や参考書を調べる、先生に質問するなど、一手間をかけることが大切です。すぐに答えを求めては、考える機会すら失われてしまいますから。

効果的な学び方の例

疑問を持つ

手書きで記録する

繰り返し見直す

紙で読む・辞書を引く

—— AI時代と言われている中、まったく触れずに過ごしても大丈夫なのでしょうか。

「AI格差」といった差別的な言葉も現れて、AIの「利活用」があおられていますが、実際にはまったく逆の格差が生じると予想できます。AIに依存して自分の脳を使えなくなる人々と、AIを使わないことで自分の脳を活かせる人々です。ですから、AIをできるだけ遠ざける以外に方法はありません。AIのような機械を相談相手のように頼っていると、そのうち他者を理解しようとする能力自体が失われ、「わかってくれるのはAIだけ」と世界を閉ざしていくことになりかねません。

—— デジタルとは、バランスよく付き合っていくことが大切なのですね?

デジタル機器やAIと「付き合っていく」といった安易な態度では、流されるだけでしょう。それに、「バランス」を意識することはまったく不必要です。何かの能力にたけた人は、すべてのことがバランスよくできるわけではありませんよね。本を読むこと、文章を書くこと、数学の問題を解くこと、あるいはスポーツや芸術に秀でることなど、打ち込むことに偏りがあるはずです。その偏りが、能力をさらに高めることにつながっています。ですから、バランスをとろうとするのではなく、脳を成長させるために徹底して手間暇をかけることが大切なのです。そうした日々の積み重ねは、いずれ素晴らしい仕事として花開くでしょう。

—— 効率よく勉強しよう、手間を省こうと考えてしまった時点で、成長が止まってしまうと心得たいと思います。ありがとうございました。

取材協力

東京大学 大学院総合文化研究科 教授
酒井邦嘉先生

1992年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。東京大学医学部 助手、ハーバード大学 リサーチフェロー、マサチューセッツ工科大学 客員研究員、東京大学大学院総合文化研究科 助教授・准教授を経て、2012年より現職。同理学系研究科物理学専攻 教授を兼任。専門は言語脳科学で、人間に固有の脳機能をイメージング法などで研究している。近著に『AI脳クライシス-デジタルは人から何を奪うのか』(集英社インターナショナル)、『人間とは何だろうか-脳が生み出す心と言葉 』(河出新書)、『デジタル脳クライシス-AI時代をどう生きるか』(朝日新書)など。

<取材・文/大西桃子>

この記事を書いたのは

大西桃子
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。
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