今の時代に大学に行く意味ってなんだろう… 働き方評論家・常見陽平さんに聞いてみた

生徒・先生の声

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2022/06/02

ここ数年、大学進学を目指す通信制高校生は増加傾向にあります。

文部科学省の「学校基本調査」によれば、通信制高校から大学に進学した生徒数は、5年前の2017年度には7,598人だったところ、2020年度には8,446人、2021年度には9,870人と、増え続けているのです。

しかし、大学の学費は特に私立大学で上昇し続けており、現在は平均で年間90万円以上となっています。さらに働き方の多様化が進み、就職においても学歴はさほど重視されなくなってきているとも言われています。

「いい大学に行けば、いい会社に就職できる」という考え方はもう古いと言われる今、では大学進学にはどんな意義があるのでしょうか。

今回は働き方評論家で、千葉商科大学国際教養学部准教授として日々大学生たちとも接している、常見陽平さんに「大学に行く意味」について意見を伺ってみました。

●お話を伺った人

常見陽平さん

千葉商科大学国際教養学部准教授・働き方評論家

北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業、同大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師(現:准教授)。専攻は労働社会学。大学生の就職活動、労使関係、労働問題、キャリア論、若者論を中心に、執筆・講演など幅広く活動中。

最も重要な価値は「出会い」

進路を考えるとき、中高生の多くが「本当に大学に行く意味があるのだろうか」と悩んでいます。大人たちの間でも、行ったほうがいいという人もいれば、遊んで時間を無駄に過ごすくらいなら、高卒で働くなり、専門学校で資格を取得するなりしたほうがいいという人もいますよね。

これまでも、大学の価値とは何だろうということが議論されてきましたね。それだけでなく、大学批判というのは常に盛り上がっています。大学は無駄、という意見も多くあります。

立場によっても意見は変わるのではないかと思います。大卒の大人たちの中にも、大学で真剣に学んだ人もいれば、遊んで過ごした人もいます。高校や専門学校を卒業した人たちとも、また意見は違いますよね。

どの時代に学生時代を迎えていたかにもよりますね。「大学は遊ぶところでしょ」という大人もいるのですが、大学にレジャーランドのようなイメージを持つのは80〜90年代のトレンディドラマ全盛期、バブル期、ポストバブル期に学生時代を送った人でしょう。今はICT化も進み、出席もICカードでとるので気軽にサボれませんし、講義内容が幅広くなったり、講義動画をアーカイブ化したりと大学もさまざまな工夫をしています。マジメに通う学生さんが多いですよ。

おっしゃる通り、ICT化によって教育も大きく変わったと思うのですが、大学の講義やそれに類する内容の動画がネット上で見られるのであれば、大学は必要ないのではという考えもあるかと思います。

しかし、大学の価値は講義だけにあるのではないと私は考えています。最も重要なのは、大学は「出会いの場」であるということです。

出会いというと、クラスやサークルの仲間ということですか?

もちろん、人との出会いもあります。それだけでなく、自分の関心事や、それまで得られなかった深い学びに出会える場として、大学には大きな意義があると思うのです。大学に行かなくても、本やインターネットでさまざまな情報を得て学ぶことはできますし、今は世界中の論文をネットで読むことができます。でも、果たして学問は一人でできるのか、という問題があります。教授の意見を聞いたり、学生同士で議論をしたりすることで、知の化学反応が起きる場所、それが大学なんです。

互いに学びを深め合う、ということですね。

はい。ライブ感が大切で、ただ一人で本を読んだりネットで情報を集めたりするだけの学びと、互いに考えをぶつけ合う学びとでは、成長度が違うんです。
それぞれ違う環境で育った学生たちが全国各地から集まって、ひとつの場を作り上げるということを経験するのは、とても重要なことだと思います。一緒に就職活動をする仲間ができたり、自動車などの免許やさまざまな資格の取得、留学などの情報を交換しあったり、学生同士のネットワークを作ることで、成長するモチベーションを得られるのも大学のメリットです。

学びはすぐにお金に直結するわけではない

それでも、大学での学びを何に活かせるのかと考えると、「社会で働き始めたらそんな学びは役に立たない」と考える人もいるかと思います。

確かにそうですね。実際、自分が通った学部・学科とは関係ない職種に就く人も多くいます。大学で学んだことがすぐに社会で活かせてお金になるかと言えば、そういう例は少ないと思います。ただ、採用する側からしたら、何かを真剣に学んだ人を採りたいと思う企業も多いでしょう。それに、学びというのは必ずしもすぐにお金に直結するものではなく、思いもよらないところで活かされることが多いんですよ。

スティーブ・ジョブズも大学退学後に勝手に潜り込んで、カリグラフィー(文字を美しく見せる手法)の講義を受けていたところ、それが後のマッキントッシュの美しいフォントの誕生に繋がったという話がありますね。

はい。ただ単位取得のために選択した講義でも、そこで得た知識が後に役に立ったり、自分の将来の方向を決定づけたりするといった例は、いくらでもあります。

就職の面では、やはり大学に行っていたほうが有利なのでしょうか。今は学歴を問わない会社も増えているようですが。

そういう会社が増えているのも事実ですが、結果的に採用されたのは偏差値の高い大学出身者が多かったという企業もまだまだあります。意図しているのか、筆記試験や面接の結果そうなったのかはわかりませんが。また、採用条件が四年制大学卒になっていたり、高卒者と大卒者とで賃金の格差があったりする企業もまだあります。高卒者でもきちんと賃金がもらえる流れにしなくてはいけないと思いますが、現実的には大卒者のほうが有利な状況であることは否めません。

大卒者の皆が皆、望む会社に就職できるわけではないけれど、選択肢は広がるということですね。では、やはり有名大学に行ったほうがいいということになるのでしょうか。

そういう考え方もありますが、どんな大学でも、そこで学ぶことによってその後の進路は多様化します。とりあえず受験科目も少ないし入れそうな大学だから。というような、一見積極的に見えないような大学進学だったとしても、4年間のうちにさまざまな人と出会い、学びを深め、知的な刺激を受けることによって、入学時には思いもよらなかった選択肢が見えてくると思います。

常見さんご自身もそういう経験がありましたか?

私は高校時代、ジャーナリストなど何かを伝える仕事に就きたいと思っていて、一橋大学の社会学部に入学しました。でもその後、人気講義と評判の科目を何となく受講し、すぐに商学部に転学しました。ハーバード大学で教鞭をとっていた競争戦略論の教授が一橋でもハーバードと同じ講義をやってくれたことがあり、それが大きな刺激になりました。このような幅広い学びは、今の仕事に活きていると思っています。

大学に行く意味や費用を考える前に情報収集を

ここまでのお話で大学進学に興味を持った生徒もいるかと思います。しかし、大学の学費はとても高いですよね。

そうですね、大学の授業料は国立でも年に50万円程度、私立では年に100万円必要と言われています。しかし条件次第では費用負担を減らすこともできるので、「高いから」と諦めるのではなく、まずは情報を集めてみてほしいと思います。
例えば、特待生として入れる大学に進学し、学費を免除してもらう手もありますし、CSRの一環で返済のいらない奨学金を出している企業もあります。東京都民であれば都立大学は入学金が半額になるなど、いろいろな条件で入学金や授業料を減免している大学もありますね。

また、まかないつきのアルバイトをしたり、シェアハウスに住んだり、必要なものを中古で手に入れたりと、節約しながら生活する知恵も身につけていくとよいと思います。

高いお金を出して行く意味があるのかと考える前に、情報を集めて選択肢を増やしてから考えたほうがよいと。

今はどうしても難しいなら、就職してから通う方法もあります。ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんや萩本欽一さんなど多くの著名人も、学びの重要性を感じて最近大学や大学院に入り直しています。

最初からムリだと諦めてしまわないことが大事ですね。

「どうせいい大学には行けないし」「勉強したいことがあるわけじゃないし」と選択肢を閉じてしまうのではなく、「ないわー」と思っていることを試しにやってみることで、自分が本当にやりたかったことが見つかることもあります。大学進学なんてあり得ないと思い込むのではなく、選択肢にあるのなら一歩踏み出してみてほしいです。

そうですね。多くの学生さんたちの道が多様に拓けることを祈ります。ありがとうございました。

<取材・文/大西桃子>

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この記事を書いたのは

大西桃子

ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。