「いじめ防止対策推進法」施行から6年、いじめ自殺は減ったのか?

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2019/08/12

2011年に、クラスメイトからいじめを受けていた中学2年生が自ら命を絶った、いわゆる「大津市中2いじめ自殺事件」をきっかけにいじめ対策についての議論が加速し、「いじめ防止対策推進法(以下、(推進法)」が2013年に可決成立・施行されました(今国会で改正予定)。

ですがその施行以後、現在に至っても、やはりいじめ自殺の報道は後を絶ちません。この法律がうまく機能していないのか、そもそも法律の内容が十分ではないのか、それとも……?

この疑問を探るべく、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」副代表の須永祐慈さんにお話を伺いました。

特徴は「被害者の立場」に立ってつくられた点

NPO法人「ストップいじめ!ナビ」副代表の須永祐慈さん

——まず大前提として、「推進法」の大きな特徴はどこにあるのでしょうか。

一番大きな目的として、いじめの“防止”に主軸が置かれたという点は大きいと思います。

これまではいじめによる事件が起きてから、教育委員会や学校の対応への批判、あるいは加害者への追及などについて議論が起こっていました。

それが大津の一件を機に立ち上がったこの法律によって、いじめ防止のためのルール作りを整備しなさいという動きになったんです。

そのために各学校などに常設の委員会を置き、とにかく早く見つけて早く対応できるようなチーム体制をつくるということを掲げているんですね。

——推進法ではいじめをどう定義づけているのでしょう。

インターネットを含め、心理的または物理的な影響を与える行為によって、被害を受けた人が心身の苦痛を感じた場合をいじめとして定義づけています。

——それまでは、見る人によっては悪ふざけやケンカなどと区別がつきにくい面もあったところ、被害者が苦痛を感じていればそれはいじめなのだと、法が示してくれたわけですね。

はい。このように当事者、被害者の立場に立つようになったことはとても大きなことです。

それまではどちらかというと、「被害者も悪いんじゃないか」という議論もあったのですが、この法律ではしっかりと被害者の立場に立って、「被害者は悪くない」というところから対策しなさいというところに重点が置かれています。

——いじめが起こった場合には、どのように対処するよう定められているのでしょうか。

まずは発覚した時点で迅速に情報共有し、対応をしっかり検討しつつ、状況によっては教育委員会への通報を迅速に行うこと。

それから、子どもの生命や心身、財産に大きな影響を及ぼす「重大事態」が起きたときには、第三者委員会が入るようになりました。

これが規定されたことは、それまでの長きにわたる停滞した議論からすると、かなり革新的な動きになっていると思います。

推進法の施行後、いじめ自殺は減ったのか?

——ではこの法律が施行されてから、実際どのような変化があったのでしょうか。これによっていじめ事件、またいじめによる自殺は減ったのですか?

政府による「2019年版自殺対策白書」では、18年に自殺した19歳以下は599人で、統計を取り始めた1978年以降最高の数値となっています。また、遺書などから特定できた原因・動機としては学校に関する問題(学業不振、進路の悩み、学友との不和など)が33%と最多です。

「自殺対策白書」に見るように、若者の自死自体は、他の年代が減っているにもかかわらず、横ばい、あるいは若干の微増を続けています。

その状況を踏まえると、いじめに関する自殺も、少なくとも“減っているとは言えない”というのが現実です。

ただし、いじめによる自殺のデータは文科省発表と警察庁発表のものでも数に違いがあります。これはデータの取り方の違いもあるので、どちらが正しいとは一概には言えないんです。

たとえば警察では明確な遺書が残されていること、本人の明確な意志が確認されている場合などでないと、自殺と認定できないという事情があります。

——自殺に至った原因がわかりにくい場合もあるということですね。

はい。いじめで自死してしまう子どもは100%いじめが原因かというとそうでもないこともあります。

加害者との関係でいじめのつらさで追い込まれて……というのはメインかもしれないですが、実はそれ以外の要因が積み重なっている可能性もあるんですね。

教師の叱責、厳しい校則、成績下落、家庭の事情……そういうことがいろいろ複合的に関係し、重なっていることも指摘されています。

そう思うと、自殺の原因を解析したうえでの対応の必要がまだまだあるのではとも思います。

——だから、いじめでの自殺のデータを正確にとることは難しいと。

本当にいじめ自殺が増えているのか減っているのかについては予測の域を出ないということになり、あとは私たちの感触ということになるんですが、やはり“増えても減ってもいないんじゃないか”というのが、実際に思うところです。

推進法によって現場には変化も

——法律の施行から5年以上が経っても、いじめ自殺が減ってはいない……ということになると、「推進法」自体が実効性のないものだったということなのでしょうか?

そもそも、「こんな法律を通したところでいじめはなくならない」という批判は、当初から根強くありました。そしてそれは、半分当たっていて、半分間違っていると思います。

いじめが起きる理由は複雑で、法律ができれば自動的に理想的な状態になるなんてことはあり得ない。それはみんなわかっているんです。
だからこそ、いじめはなくならないとみんなが認識している。

でも一方で、この法律ができなければ、悪い状況のままになっていたという可能性は十分にあります。

「推進法」ができて初めて、被害者側の訴えによって第三者委員会が立ち上げられることになりました。

これによって、学校が一方的に「いじめはなかった」と否定することのない状況を作ることができたのは、かなり大きいことです。

——学校が動かなくてはいけないルールができれば、学校の普段からの意識も変わり、いじめ防止に繋がる可能性はありますね。

現場が動かざるを得なくなって、実際に動き始めているのは事実ですから、その変化は評価すべきでしょう。

さらに社会の間でも関心が高まることによって、「いじめ対策をもっと強化しなくてはならない」という認識が広まったというのも、大きな効果のひとつです。

——つまり、ある程度の効果はあると。

私たちNPO法人も「ストップいじめ!」と掲げていますが、「いじめは撲滅できないだろう」という共通認識をスタッフ同士で持っています。

ですが、少なくすることはできるんじゃないかと考えていて、それなら、やっとこうして法律が通ったように、しなければいけないことがその手前にたくさんあります。

時間はかかりますが、焦らず、中長期的に見ながら、どうやって少なくしていけるかという議論を進めていくことが大切なのです。

法律だけでは解決は不可能、他にできることは?

——いじめ撲滅のために考えなければならない問題のひとつとしては、昨今頻繁に取り上げられるようになった「教育現場の労働問題」もありますよね。

はい、いじめ問題は先生方労働問題そのものだと思います。

現場では、推進法によって「また新しい取り組みが上から降ってきた」と思った先生方もかなりの数いたはずです。

ルールなので態勢は組みますが、その報告書を書かなければならなかったりして、より忙しくなっているわけです。

——労働問題を解決しなければ、学校が本気でいじめ防止に取り組むことは難しいと。

いくら真剣にいじめを止めたいと思っていても、そこに関わる時間の確保ができない。熱意以前にやろうとする時間が取れない。これでは進まないですよね。

だから、いくらいい法律を作ったとしても、動く人や時間やお金がしっかり確保されないと、今の学校教育は変わっていかないんです。

そこがボトルネックになっているのは事実で、だからこそ先生たちも声を上げていく必要があるように思います。

——法律ができたからといって、すぐに事態がすべて改善されるわけではありません。その法律を生かすために、それ以前の部分で変えていかなければならない状況がたくさんある、と。

現場の先生や子どもたちも含めて、「いじめはなくならないよ。何にも変わらないよ」と思うことは多いと思います。でも、少なくするためにできる作業はまだまだあるんです。

法律だけでいじめがなくならないのは事実ですが、でも法律を作らなければ、もっとひどくなるのを止められません。

だからこそ、法律の限界を知りつつ、でも活用しながら、足りないことをみんなで考えていくのが大事だと思います。

——法律があるのだから守れと言うのは簡単ですが、その法律が何を目指しているのかを理解し、そのためにできることが他にないのかを、真剣に考えていくことが必要ですね。

(取材・文/高崎計三)

取材協力

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