【大人の失敗から学ぼう Vol.02】受験失敗で自殺を考えた過去… 未来を変えたきっかけとは(古新舜さん)

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2020/06/29

今回インタビューにご登場いただくのは、映画監督の古新舜(こにいしゅん)さん。2019年2月に公開された長編映画『あまのがわ』は、母親との関係がうまくいかず不登校になった女子高校生が分身ロボット「OriHime」と出会い、屋久島を共に旅する中で自分自身を取り戻していく物語です。

実は古新さん自身も、大学受験での挫折から自分自身を見失い、不登校・引きこもりを経験したと言います。

現在は映画制作のほかにも、教育の分野でアクティブ・ラーニングを活用し、物語を通じて子どもたちの自己肯定感を高める活動を行うなど、さまざまな分野に挑戦を続けている古新さん。

大きな挫折を経験したのち、「常に新しいことにチャレンジし続けていきたい」という今の前向きな姿勢に、どのようにシフトできたのでしょうか。

人と比べることで承認欲求を満たそうとしていました

──古新さんは子どもの頃から映画監督を目指されていたのですか?

古新:いえ、家庭がとても教育に厳しかったんです。私自身はドラマや芸能界などクリエイティブなことに興味はあったものの、そういうことに手を出すことが許されませんでした。

4歳から塾に通い始め、子どもの頃から親に「東大を目指せ、大企業に入れ」と言われてきました。スパルタ教育の幼稚園に入れられたのですが、小学校受験ではメンタルが追いつかなくて不合格。公立小学校に入ることになりました。

──公立小学校では、少しのびのびできたのでしょうか?

古新:それが、幼稚園から勉強ばかりでコミュニケーション能力が身についていなかったため、クラスメイトたちと合わずにいじめられる日々だったんです。他人と協調することを教えられておらず、一人浮いてしまうという状態で。

これは中学・高校時代も同じで、中学受験をして中高一貫の巣鴨中学校に入学したのですが、そこでもうまくいきませんでした。

目指していた開成中学に入れず、すべり止めで受けていた中学だったのですが、そのこともあって私自身が周りの子たちを下に見ていたところもあったと思います。一生懸命勉強してギリギリ合格した子たちもいる中で、その学校を見下しながら通っている生徒がいたら、当然周りは面白くないですよね。

当時は、傾聴する、共感するということがまったくできない子どもだったんです。加えて、自分自身を承認できてもいない。常に親から「もっと上を目指せ」と言われ続けて認められたことがなかったので、自己受容ができないまま、人と比べることで承認欲求を満たそうとしていました。

(※自己受容感とは:ありのままの自分を受け入れること)

──中高一貫校では、大学入試を意識して厳しい教育を受けたのでしょうか。

古新:そうですね。今は少し変わってきているかもしれませんが、当時はスパルタ教育をしていかに偏差値を上げるかという競争の時代。学校は軍隊のような場所でした。

生徒を個人として見て、その成長を支えるという教育ではなく、成績がすべて貼り出されて競争させられ、根性論ばかりたたき込まれるという……。まったく、生徒の主体性を育てる教育ではありませんでした。

その中で、私たちは自分の「個」というものを探していくわけです。卒業生の中には医師で作家の知念実希人(ちねんみきと)さん、RHYMESTERの宇多丸さん、事故物件公示サイトをつくった大島てるさんなどもいます。そういう方々は突き抜けた個を持って生きてこられたのではないかと思いますが、大多数は点数や偏差値で競争させられる中で、自分自身に価値を見つけられずに無力感を感じていたのではないでしょうか。

当時、そういう鬱屈した世界の中で、周りとうまくコミュニケーションもできず、いじめに遭いながらも学級長などの役を負い、その責任感もあって不登校になることもできませんでした。

東大受験に失敗、自殺を考える日々を変えたのは……

──そして、大学受験を迎えるわけですね。

古新:もちろん、幼少期からずっと目指せと言われ続けてきた東京大学を受験しました。しかし、合格することはできませんでした。

親からずっと期待を受けて努力をしてきたのに、落ちてしまった。人生最大の失敗だと感じました。

──親御さんはどんな反応だったのですか?

古新:自分自身は「人生終わった」と思っていたのですが、親からは「あとは自分の自由にしなさい」と言われました。これがなおさらショックでしたね。今まで親のために頑張ってきたのに、今さら何をすればいいのかわからなくて。自分にはもう何もないのに、突き放されたような気持ちになり、自殺を考えました。

結局、大学は早稲田大学理工学部応用物理学科に入学しましたが、行きたい大学だったわけでもなく、講義も面白く感じられず、引きこもりになりました。当時は死ぬことばかり考えていました。

──絶望して引きこもり、自殺を考えていた古新さんを救ったものは何だったのでしょう。

古新:インターネットです。当時ちょうど普及してきた頃で、あるチャットサイトに入って、いろいろな人と話す機会ができたんです。年齢も立場も考え方も違う人たちが集まる場所で、今までの自分の価値観が一気に崩されていきました。しかも、インターネットの世界ではたくさんの人が自分を承認してくれたんです。

いろんな考え方があってもいいんだということを知り、人の話を聴いたり、共感したりすることの大切さも学んでいきました。失敗だと思っていたことも、価値観を広げて見てみたら、死ぬほどのことではないと気づけていけたんです。

もちろん、インターネットでサイトを見るときには怪しい大人や犯罪にも注意をしなければなりませんが、自分がリアルに属している狭い世界だけでなく、さまざまな世界で生きる人たちと出会えることはとても大きなことだと思います。私のようにインターネットで命を救われる人も多いのではないでしょうか。

ただ、インターネットといってもYouTubeだけを見るのではなく、多様な価値観の人たちと関わってみることは貴重な体験になるはずだと感じます。

過去の出来事は、未来によって変えられる

──当時は大失敗だととらえていた東大の不合格ですが、今はどう感じていますか。

古新:あれがあったから、今があるわけですよね。もっと大切なことに気がつくことができた、大きなチャンスだったのだと思います。

失敗というのは、その人なりの捉え方が試されるものです。過去の事実を変えることはできないわけですから。でも、次に何をするかで、ある意味過去を変えることはできるんです。過去にとらわれてウジウジするのではなく、未来をどうするかを考えて動くことで、過去の意味は大きく変わってくるはずです。

また、ここまで大きな挫折を味わったことで、人の痛みや弱さもわかるようになりました。失敗でつらい思いをした人は、どういう状況になれば人が死にたいと思うかがわかります。だから、同じことを人にやらない。痛みを知って、本当の強さを手に入れることもできたと思います。

私はあの挫折を経験したことで、興味のあることに挑戦することができるようになっていきました。後に映画の世界に足を踏み入れ、自分の会社を立ち上げることもできたのですが、もちろんそこまでにもいろいろな失敗を経験しています。でも、未来を変えれば過去が変わる。それをわかっているからこそ、失敗を前向きに活かすことができるようになりました。

自分が何をやりたいのか、何を面白いと感じるのか

──今、学校のテストや受験に不安を抱えている子たちはたくさんいると思います。進路のことで悩んでいる子もいるでしょう。そういう子たちにどんな声をかけたいですか?

古新:テストも受験も、大人が決めたルールであって、人生においてはとてもささいなことです。点数をとる、偏差値を上げることよりも、自分にとっての学びは何かということを中心に考えてほしいと思います。

ひと昔前までは、有名な学校、大企業に行くことに価値があると思われていましたが、もうその考え方は古いです。これからは「個」の時代。大企業に入って組織に埋没して愚痴ばかり言っている人たちを私は何人も見ています。

──個の時代を生きるために大切なこととは?

古新:自分が何をやりたいかを自分の頭で考えて、挑戦し続けることです。結果ではなく、プロセスを大切にしてほしいですね。

米Apple社を創設したスティーブ・ジョブズも、大学を中退しましたが、その後も自分の興味のある授業にだけ潜り込んでいたそうです。そのひとつがカリグラフィー(文字を美しく見せる手法)。装飾された文字の面白さや美しさを学んだジョブズは、それをマッキントッシュの文字デザイン(タイポグラフィー)に活かします。今のようにパソコンでたくさんのフォントが使えるようになったのはこれが元なんですね。

面白いと思ったものに手を出してみた結果、マッキントッシュのタイポグラフィーができたわけで、ジョブズは最初から結果を狙っていたわけではありません。この話からも、自分がやりたいと思ったこと、興味を持ったことに対して、積極的に行動を起こしていくということの重要性はわかると思います。

大人が決めたルールの中で生きるのではなく、自分がこれと思ったものに積極的に挑戦すること、その積み重ねが将来を切り拓いていくのではないでしょうか。

古新さんにとって自殺を考えるほどつらい「大失敗」だった過去の出来事は、今は自分を変える大きな「転換のチャンス」という位置づけに変わっています。その瞬間は失敗だと思っても、そこにこだわるのではなく、もっと多様な価値観に触れてみることで新たな展開が見えてくるのかもしれません。

取材協力

古新舜

映画監督、コスモボックス株式会社代表取締役社長。23歳から映画の業界に入り、大学院時代に初監督した短編映画『サクラ、アンブレラ』がTSSショートムービーフェスティバルIV「グランプリ」など多数の映画祭で受賞。

東日本大震災以降、福島県相馬市、南相馬市に頻繁に訪れ、伝統行事「相馬野馬追」の様子を撮影し、上映・配信する活動を行う。主な作品に、犬猫の捨てられる命ゼロをテーマに掲げた初の長編映画『ノー・ヴォイス』(2013年劇場公開)、不登校の女子高生と分身ロボットとの交流を描いた長編映画『あまのがわ』(2019年劇場公開)などがある。

<取材・文/大西桃子>

この記事を書いたのは

大西桃子

ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。