こんな大人になりたい。通信制高校生が「無料塾」を運営して見つけた希望

生徒・先生の声

通信制高校

教育問題

2019/12/18

塾に通うのが経済的な理由で難しい。学校の勉強が遅れがちだけど、自分ではどうしたらいいかわからない。そんな子どもたちにとっての心強い味方として全国各地で広まっているのが、無償で学習のサポートを行う「無料塾」です。

そんな無料塾の多くは社会人が運営しています。しかし、神奈川県には現役高校生が創設し、運営する無料塾、「あすのち」があるのです。

「あすのち」の代表・副代表はいずれも、全日制高校から通信制高校に転入した生徒。地域のこどもの学びの場「夕暮れ学級」を、座間市と横浜市で開催しています。

今回は実際に座間教室にお邪魔させていただき、高校生にして団体を立ち上げようとしたその想いや、なぜ通信制を選んだのかなど、代表の乾さんと副代表の三浦さんにもお話を伺いました。

後輩たちには同じ思いをさせたくない…

2017年、当時高校1年生だった乾さん(現代表)が声をかけ、同級生を中心とした5人のメンバーで無料塾を始めました。乾さんは、自身が高校進学の際に経済的な理由から塾に通いたくても通えなかったことから、「後輩たちにはそういう思いをしてほしくない」と考え、この活動をスタートしたと言います。

現在は団体名を「あすのち」と定め、学習サポート「夕暮れ学級」と地域の子どもを支えるコミュニティ「さつきプロジェクト」の2つの活動を中心に、座間市と横浜市の2カ所で教室を各月2回開いています。

夕暮れ学級で対象としているのは、座間教室では小中学生、横浜教室では小学4年生から高校生まで。いずれも公共施設を利用して開催しています。

特徴的なのは、子ども自身が学び方や休憩のタイミングを自主的に選べること。勉強用のブース(夕暮れ学級)と遊んでもOKなコミュニティブース(さつきプロジェクト)に分かれていて、自由に行き来することができます。

これは小学生の場合だと特に長時間の集中が難しいことへの配慮という点と、「主体的に学び続ける力」を大事にしている点からだと言います。メリハリがついて学習効率も高まるようです。

勉強の合間にスタッフと遊ぶ子どもたち

取材当日も、夕暮れ学級ブースで持ってきたドリルを少しやったら、スタッフを引っ張ってさつきプロジェクトのブースに行き遊んでもらう……そんな小学校低学年の子たちがチラホラ。マンツーマンでじっくり2時間、勉強を教えてもらっている小学生たちもいました。

ボランティアのスタッフは約50人ですが、そのうち高校生は40人弱。他に大学生や社会人も活躍しています。高校生の場合、他の無料塾団体では大学生以上でないと参加資格がないことも多いため、「進路として教育関係を考えている」「子どもに関わりたい」という生徒からの応募も多いそうです。

関係者やスタッフから見た「あすのち」は?

取材に伺った座間教室には、高校生スタッフたちのほか、「あすのち」を応援する社会福祉協議会の職員さんや、社会人スタッフも来ていました。そこでみなさんがこの活動や団体についてどう思っているのかを聞いてみることに。

座間市社会福祉協議会 Yさん

当時高校1年生だった代表の乾さんが社協の扉を叩いて、目をキラキラとさせて「無料塾をやりたい」と言ってきたときには、「そんなことを思いつくなんて」と驚きました。

以来、陰ながらサポートをさせて頂いています。当初は高校生に団体運営ができるのかなと勝手にあれこれ気を焼いていましたが、しっかりと運営するだけでなく、広報や講演活動なども精力的に行っていて、さらに驚かされています。

高校3年生 経理部長 Iさん

代表とはもともと中学の同級生で、高校生になってから母親伝いに偶然その活動を知り、飛び込みました。「あすのち」に入ってから友人や関わり合う人たちの幅が多種多様となり、世界が広がったように感じます。役員同士は仲も良く、遊びに行くこともあり活動を楽しんでいます。

社会人3年目 役員 Aさん

代表の乾さんはこの団体を高1で立ち上げたので、僕がボランティアで関わろうと思ったときにもまだ現在の高校生で……。「大人が参加しても大丈夫かな?」と思いましたが、その熱量に圧倒されて今に至ります。現在はありがたいことに声をかけてもらい、役員スタッフとして参加していますが、裏方としてできるだけ支えていきたいと思っています。

代表&副代表は現役高校生 やってよかったこと・大変なことは?

── 乾さんが無料塾をやろうと思った経緯は?

乾さん(以下敬称略) 「中学生の頃、経済的な理由で塾に通えず、学習支援についてネットで調べていたときに無料塾というものを知りました。残念ながらそのときは自宅から通える距離ではなかったので断念したのですが、その頃から『自分も何かやりたい』という気持ちはありました。その後、ボランティアの学生(高校生)団体があると知り、自分にもできるのではと思って、高校入学後に同級生や先輩などに声をかけて5人で始めました」

── 高校生で団体を立ち上げるのは不安もあったのでは。

乾「『自分と同じような境遇にある人がクラスメイトにもいる』という確信があったのと、妹に同じような思いを繰り返させるのはとても悔しいので、不安を前にためらうよりも『絶対にやってやる!』という気持ちのほうが強かったです。当時は知識もなかったので、とにかく行動をと思って駆けまわりました。そんな中で社会福祉協議会のYさんと知り合って、いろいろと教えてもらいました。そこはとても恵まれていたと感じます」

── 「あすのち」を運営してみて、自分の中で変化はありましたか?

三浦さん(以下敬称略)「もともと難しいことを前にすると諦めがちな性格でした。ですが『あすのち』に出会って運営に携わって、さまざまな出会いを通じて前向きになり、自分の中の可能性を感じられるようになりました。自信や実行力が身についたと思います」

乾「自分は『カッコいい大人っていっぱいいるんだな』と思えるようになりました。中学生までは周囲の大人に不信感があったのですが、『あすのち』での活動を通じてYさんをはじめとした福祉関係の方や、他の無料塾関係者、ボランティア団体の方々と知り合っていく中で『こんな大人になりたい』と思えるようになったことが、自分の中で一番大きな変化だったと思います」

三浦「あとは活動を通して、私たちも学ばせてもらっているという実感もあります。興味の幅も広がったと思います。講演やシンポジウムではパワーポイントを使ってプレゼンテーションするなど、貴重な経験も積ませてもらっています」

── 高校生ということで活動の中で苦労したことは?

乾「これは困ったというより笑い話なのですが、無料塾を先に立ち上げていた方に話を伺おうと待ち合わせ場所に行ったとき、事前に『学生』だとしか伝えていなかったので、てっきり大学生が来るものだと思われていて、高校1年生の自分を見つけてもらえなかったんです。携帯で電話をかけて、やっと気付いたという(笑)」

三浦「高校生だと市内で借りられる施設にも制約があり、未成年ならではの苦労はあります。団体としての銀行口座を持つのも難しく、申請の際にも「(大人の)顧問をつけないのか?」と尋ねられることもあります」

── 高校生が活動することのメリットは?

乾「やっぱり年齢が近いので、子ども側から壁を作られることが少ないというのがあります。学校や家で、大人に対して苦手意識を持っている子も多いので」

── 座間教室でも、子どもとスタッフの距離がとても近かったですね。

乾「はい。小学校低学年だとまだ積極的に『勉強がしたい!』という雰囲気ではなかったりするので、最初は『お兄ちゃんお姉ちゃんと遊べるから行こうかなぁ』という理由で来てくれるというのは強みかもしれません。あとはスタッフの中に大学生や社会人もいるので、高校生の自分たちが勉強を教えてもらうこともあります」

三浦「私たちもサポートしてもらっています(笑)」

通信制高校を選んだ理由と将来について

── 2人は全日制の高校から通信制へ転入したそうですが、その理由は?

乾「経済的な理由から働く必要が出てきて、より働く時間が確保できる通信制へ転入しました。勉強が遅れていたので、4年間通うことができるというのも、選んだ理由のひとつでした」

三浦「私は大学進学を含め、将来やりたいことが明確になったので、通信制で得られる時間を使って、自分のライフスタイルに合った学びをしたいと思って選びました」

── 通信制を希望する中高生へ現役生からアドバイスはありますか?

乾「時間がたくさん確保できる反面、レポート課題などはしっかりとやっていかなくてはならないので、自分でしっかり管理する計画性が必要だと思います」

三浦「そうですね。やりたいことがあって通信制を選んだのに、レポートなどをためて時間がなくなってしまってはしかたがないので」

乾「そして、勉強だけでなく、やりたいことにたくさん挑戦して、自分の興味や可能性を広げてほしいです」

── 高校卒業後、進路や将来はどのように考えていますか?

三浦「社会福祉士に関係する学部のある大学に進学したいと考えています。また、『あすのち』での活動は私にとってライフワークであり生き甲斐なので、これからも続けていけたらと思っています。

乾「同じく『あすのち』での活動を続けていきます。また、今後も高校生が中心となった団体として、積極的に高校生ボランティアを募集していくと同時に、全国各地で高校生が無料塾を開けるような仕組みづくりを考えていけたらと思っています。自分自身としては働き続ける必要がありますが、貯金をしていずれ教育系の大学に行ってみたいと思っています」

取材協力

あすのち

2017年、当時高校1年生の乾代表が立ち上げ。学習サポート「夕暮れ学級」と居場所支援「さつきプロジェクト」を中心に活動中。

<取材・文/ 中島理 >

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この記事を書いたのは

中島理

1981年、北海道生まれ。バーテンダー・会社員を経てライターへ転身。ムックを中心に編集や執筆に携わる。引きこもり経験を持ち、若年層の進学・就労にまつわる心の問題に関心。