
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」によれば、中高生の理想の睡眠時間は8〜10時間とされています。ところが、寝具メーカーの西川が公表した「nishikawa 睡眠白書 2025」によると、中学生の80%、高校生の93%がこの適正な睡眠時間を平日にとれていないという結果に。休日でも、中学生の52%、高校生の74%が適正な睡眠時間を確保できていません。
動画やゲーム、SNSなどでつい夜更かしをしてしまう人もいれば、部活や塾、勉強などで睡眠時間が少なくなってしまう人もいるかと思いますが、それを放置しておくとどうなってしまうのでしょうか? また、心身によい睡眠とは、具体的にどのような睡眠なのでしょうか?
スマホや勉強で寝る時間が削られる…そんな生活が続くと、実は体調だけでなく“集中力や学力にまで影響する”と言われています。
今回は、これまで中学校で生徒指導を担当しながら「みんいく」(睡眠教育)の普及にも取り組んできた、堺市立鳳(おおとり)中学校教頭の木田哲生先生に、「じゃあ何時間寝ればいいの? 昼寝はしていいの?」といった睡眠に関する疑問について、伺いました。
睡眠不足はイライラ感や自己肯定観の低下にもつながる
—— まず、木田先生が生徒指導をしてこられた中で、睡眠の重要性を感じた経緯を教えてください。
木田先生:生徒の中には、学校に行き渋る子、学校で頭痛や腹痛を訴えたり貧血を起こしたりする子、やる気が起きない子など、さまざまな課題を抱える子がいます。
そうした生徒たちをじっくり見ていくと、ほとんどに共通して、睡眠の乱れが見られたのです。そこから「みんいく」がスタートしました。「みんいく」は、「子どもたちの睡眠への意識向上と生活習慣の改善を図り、心身の健康を増進させる教育」と定義づけ、2015年に大阪府堺市の中学校から始まったものです。
—— 多くの生徒に見られた睡眠の乱れとは、具体的にどのような状態を指すのでしょう。
木田先生:よい睡眠には、量と質、タイミングの3つの条件があります。その中でも多いのは、量が足りていない生徒です。いわゆる睡眠不足ですね。その大きな要因としては、スマートフォン(以下、スマホ)やパソコンの使用があり、動画やゲームなどで睡眠時間が削られてしまうケースです。睡眠改善ができた生徒は、ほぼ全員が夜のスマートフォンの使用を制限できたケースとなっています。
—— スマホなどとの付き合い方が、大きな課題になっているのですね。睡眠不足は、心身に不調を感じるだけでなく、学力にも影響があるのでしょうか。
木田先生:はい、相関関係が見られますね。「みんいく」地域づくり推進委員会による「睡眠に関するアンケート調査(2024)」でも、平日の就寝時間と「授業中は学習に集中しているか」の関係を調査したところ、夜11時前に就寝している生徒は「している」が50%以上になっていますが、就寝時間が遅くなるにつれてその割合が下がります。
深夜3時より後に寝ている生徒の場合は、「あまりしていない」が半数、残り半数が「まったくしていない」という結果になっています。ほかにも、睡眠時間が短いほど「ちょっとしたことでイライラする」割合が高くなり、「自分のことを大切に思う」割合が低くなるという相関関係が見られました。
—— 睡眠は体調や学力、気持ちの安定や自己肯定観にも関わってくるのですね。
記憶力、集中力……、睡眠によって脳は成長する
—— では、10代の子どもたちの成長に、睡眠はどのような役割を果たしているのでしょうか。
木田先生:脳内には「海馬(かいば)」という、記憶や学習に働く神経細胞があります。睡眠には、この海馬を育てる役割があり、平均睡眠時間が5〜6時間の子どもに比べて、8〜9時間の子どもは海馬が1割程度大きいという研究結果もあります。
海馬が大きくなると、考える力や理解する力、記憶する力、集中力、運動能力、創造力などが高まっていきます。特に、海馬は短期記憶をつかさどっています。
—— 睡眠によって、脳の働きがよくなっていくのですね。
木田先生:脳には、シナプスというたくさんの神経回路があります。人は眠っている間に、その中でも必要な神経回路を強化したり、逆に必要のない神経回路を削除したりと、バージョンアップを行っているのです。また、睡眠には脳の中にたまった疲労物質を洗い流す働きもあります。しかし夜更かしをしてしまうと、疲労物質が脳内にたまり、脳の働きが悪くなったり、精神的に不安定な状態を引き起こしたりしてしまいます。
—— よい睡眠には、量と質、タイミングの3つの条件があるとのことでしたが、具体的に教えていただけますか。
木田先生:量は、中高生であれば8〜10時間が適切です。多すぎても少なすぎてもよくありません。質は、脳が覚醒に近い状態にある「レム睡眠」と、脳も体も休息している状態にある「ノンレム睡眠」をしっかりとれていることです。
体や脳、心を大きく成長させる時期である子どもの睡眠は、大人の睡眠と比べて、「レム睡眠」と、「ノンレム睡眠」のうち最も深い状態の「深睡眠」が多い特徴があります。またタイミングについては、いつも決まった時刻にまとまった睡眠をとることが重要です。
—— 休日に「寝だめをする」とか「昼寝で補う」のはダメなのですね。
木田先生:休日に多く寝たり、昼寝をしすぎたりすると、夜にまとまった睡眠ができなくなってしまい、睡眠の質が低下してしまいます。その結果、昼の活動に悪い影響が出てしまうのです。
よい睡眠の3条件
量:8〜10時間
質:レム睡眠/深いノンレム睡眠
タイミング:毎日同じ時間帯にまとまって睡眠をとる
受験シーズン、勉強しながら質のよい睡眠をとるポイントは?
—— これから受験シーズンになりますが、受験生は勉強する時間も必要です。うまく睡眠をとるポイントを教えていただけますか。
木田先生:まず、記憶力にはレム睡眠が関わっていますので、レム睡眠が多くなる明け方にしっかり眠れていることが大切です。睡眠中はレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返されますが、4周目の睡眠にレム睡眠が多くなるため、研究ではこの4週目が記憶の定着に大切だと言われています。これがだいたい7時間で訪れます。ですから、まとめて7時間は寝ることが重要です。
—— 8時間眠らなくても大丈夫ですか。
木田先生:理想は8〜10時間ですが、受験生などは7時間睡眠プラス10〜15分程度の昼寝をすると、昼間のパフォーマンスが上がり、勉強に集中しやすくなります。
—— 30分や1時間の昼寝はNGでしょうか。
木田先生:20分以上眠ると深い睡眠に入ってしまい、夜の睡眠の質が下がります。また、15時以降の昼寝も夜の睡眠に影響します。15時までに、「眠気をとる」ための睡眠として昼寝をすることがおすすめです。昼休みなどに目を閉じて伏せているだけでも、パフォーマンスは向上しますよ。
昼寝の注意点
20分以上の昼寝 → 深睡眠に入り夜の睡眠の質低下
昼寝は15時まで
目を閉じて休むだけでもOK
—— スマホのアプリを使って勉強する人もいると思いますが、スマホとの付き合い方はどう考えればよいでしょう。
木田先生:電子機器は脳を覚醒させるので、就寝する1時間前は使用しないと決めておくとよいと思います。できたらもう少し早いほうがいいですが。逆に、朝はスマホを使うことで脳が覚醒しやすくなるので、使う時間を工夫するとよいですね。
—— 模擬試験や入試の前など、布団に入ってもなかなか眠れない場合はどうしたらいいですか。
木田先生:緊張や不安は脳を覚醒させてしまいますからね。布団に入る前に不安なことを書き出したり誰かに話したりして、布団の中ではリラックスできるように意識するとよいと思います。それでも布団の中でいろいろ考えてしまうようであれば、一度布団から出て気持ちをリセットしてみましょう。「こうしなければいけない」と考えすぎないことが重要です。
—— たしかに「寝なくてはいけない」と考えるほど寝られなくなることはありますね。
木田先生:よい睡眠は、昼間の活動によって変わってきます。昼間に太陽の光をしっかり浴びて、睡眠ホルモンが出やすい状態にすることや、体を適度に動かして心地よい疲労感を得ること、決まった時間に食事をとるなど、規則正しい生活ができていれば、自然に眠りやすくなります。
食事については、夜に塾がある場合は、できるだけ塾の前に食事をすませたり、塾の休憩中にお弁当などを食べたりできるとよいですね。寝る直前に夕食をとらなくてもよいように工夫してほしいです。
—— 普段から、一定の生活リズムをつくっておくことが重要なのですね。
睡眠の質を上げる昼間の行動
朝に太陽の光を浴びる
適度に体を動かす
決まった時間に食事
夕食は寝る直前にならないよう調整
木田先生:ここまで睡眠の重要性をお伝えしてきましたが、睡眠はあくまでも、起きている時間を充実したものにするために必要なものです。睡眠そのものを目的に行動するのではなく、毎日の生活や、自分を大切にするための手段として、よりよい睡眠を活用していくようにしてもらえればと思います。
—— ありがとうございました。
取材協力

木田哲生先生
堺市立鳳中学校教頭。24歳で「日本一若い生徒指導主事」に就任。その後、堺市教育委員会主任指導主事として市全体での「みんいく」を展開するほか、全国への普及にも取り組み、現職。日本眠育推進協議会評議員。上級睡眠健康指導士。著書に『睡眠教育(みんいく)のすすめ―睡眠改善で子どもの生活、学力が向上する―』、『「みんいく」ハンドブック小学校1~3年生用、4~6年生用、中学生用』(いずれも学事出版)、『最高のリターンをもたらす超・睡眠術』(大和書房)など。
<取材・文/大西桃子>
この記事を書いたのは

ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。




