2025/06/12

「体験格差」が注目される今、不登校や通信制高校でも体験が重要?

専門家に聞く 

野球をやってみたいけれど、道具の購入費やチームに入る費用が出せない。友達の通っているピアノ教室に行きたいけれど、月謝が払えない。キャンプをしてみたいけれど、母子家庭で連れて行ってもらえない……。

このように、育つ環境によって子どもたちの体験の機会に格差が出てしまう「体験格差」が、このところ注目され始めています。

大学入試でも総合型選抜(AO入試)の導入が進み、どのような体験をしてきたかが問われる中で、「海外留学などの体験にどれだけお金を出せるかが合否に影響してしまうのでは?」と危惧する声も上がってきています。

一方、「体験は重要である」というメッセージが広がると同時に、
「不登校でも、学校の授業の他に打ち込めることがあって、頑張っている」
「自分のやりたいことに打ち込める通信制高校で、充実した毎日を送っている」
など、学校の勉強以外の体験に打ち込むことでポジティブに日々を過ごす不登校の児童・生徒や、通信制高校の生徒たちのエピソードも聞こえてくるようになりました。

しかし、では、やりたいことや打ち込めることのない不登校の子どもや、通信制高校の生徒はどうなるのでしょうか。習い事をするでもなく、趣味に打ち込むわけでもなく、地域コミュニティに参加することもなく毎日を過ごしている子どもは「ダメ」なのでしょうか?

「格差」に注目が集まると、どうしても「格差の下にいる自分はダメなのか」と考えてしまう子どもや、「格差の上に行かせるようにわが子を何とかしよう」と焦ってしまう保護者が出てくるのではないでしょうか。

この「格差」を私たちはどうとらえていけばいいのか、『子どもの体験 学びと格差―負の連鎖を断ち切るために』(文春新書)を出版した教育ジャーナリストのおおたとしまささんにお話を伺いました。

何かに打ち込むことだけが正解ではない

—— おおたさんの新著では、大学入試の変化や非認知能力(数値では測れない人間的な力)への注目度の高まりとともに、子どもの「体験」が重要視されるようになった今、大人がこぞって子どもにさまざまな体験をさせようと消費していく、この「体験消費社会」に疑問を呈していますよね。

おおたさん:はい。「体験格差」という言葉も、本来は体験に恵まれない子どもたちを社会でサポートしていこうという意味で出てきたわけですが、それが一人歩きして「体験をさせなければ負け組になってしまう」と、習い事やイベントを詰め込んでいく親たちを生み出しているのでは、と感じています。

—— 「格差」という言葉を聞くと、自分の子どもがその格差の下に位置づけられないようにと考える保護者は多いと思います。

おおたさん:その結果、体験はどんどん商品化され、消費されるようになってしまっているんです。どれだけ課金したかで格差のどこに位置づけられるかが決まるという流れが生まれ、結果的にますます格差が拡大してしまう。そうではなく、「子どもに本当に必要な体験とは何か」を、大人がメディアに踊らされずに立ち止まって考えることが重要だと思います。

—— ただ、体験が重視されるようになった現状は、不登校の子どもたちには救いになっているケースもあると思います。学校の授業を受けていなくても、好きなことに打ち込んだり、勉強以外の目標を見つけ、それに向かって努力していたりするなら、十分に価値がある毎日なのではないかと考える人もいますよね。体験の価値が認められることで、学校の勉強がすべてではないというメッセージにもなっているのではないでしょうか。

おおたさん:確かに、学校の勉強以外のことに打ち込んでわかりやすい成果を出している不登校の子どももいて、それはそれでいいのですが、それが理想の不登校のように喧伝(けんでん)されてしまうのも心配です。キラキラした子どもたちのエピソードを見聞きすれば「不登校でも大丈夫!」と希望を与えられるかもしれませんが、裏を返せば「学校に行っていないうえに、他に何もしていないのはダメ」と言われているようなものですよね。

—— 「学校に行かない分、他のことで埋め合わせをしなければいけない」と、子ども自身や親が追い詰められてしまう可能性も考えなければいけない、と。

おおたさん:多様性というキーワードが広がり、さまざまな「成功の形」が示されるようになってきても、それは単にバリエーションが増えただけの話なんです。結局は、「世の中が認める成功の枠に当てはまっていなければならない」という考え方は変わりません。だから、不登校の子どもの保護者と話していても、「子どもがゲームのマインクラフトに夢中になっていて」と、わが子が打ち込めるものを見つけたときには喜ぶのですが、一方でそれが長続きしないと落胆してしまう。わかりやすい「キラキラした姿」を子どもに求めてしまい、一喜一憂するわけです。それは子どもにとって果たしてプラスなのだろうかと考えてみてほしいと思います。

—— 大人だって、何かに夢中になって打ち込んでいる状態を常に続けろと言われたら、ストレスがたまりますよね。

「キラキラ通信制高校」に惑わされないように

—— 通信制高校についても、ここ数年で、数学や英語など基礎的な科目以外にも、プログラミングやゲーム、料理、イラストなど専門的な分野が学べる学校が増えています。勉強は苦手でも、好きなことに打ち込める環境に注目が集まっていますが、これも「体験消費社会」に当てはまっていくのでしょうか。

おおたさん:そう思います。もちろん好きなことに没頭できるのはいいのですが、「好きなことを学んで将来を切り開きましょう」というキラキラしたメッセージに踊らされないことが重要です。「専門的なことを学んで、その道で活躍すること」が正解となり、そうならなければ不正解というメッセージを、子どもたちに与えてしまっていないか、大人たちは慎重に考えるべきです。

—— 毎日学校に通って教室で授業を受けるスタイルが合わないからという理由で通信制高校を選択する子も多いですし、そうした子が学べるのが通信制高校のよさでもありますしね。

おおたさん:それが、「何かやりたいことや目標があるなら通信制高校でもいい」と言われてしまうと、何もないのに通っている人はダメなんだというメッセージになってしまいます。本当は通信制高校を選んでほしくないんだろうなと感じ取ってしまうんですね。これは工業高校や商業高校などにも当てはまると思います。

—— 私たちメディア側も、「通信制高校に通いながら起業!」とか「○○の大会で優勝!」という生徒の事例はよく取り上げますが、大人が考える「成功パターン」ばかりが注目される弊害はありそうですね。

おおたさん:メディアだけでなく、多くの学校も「うちに来ればこんな特別な体験ができる」とアピールしていますが、わが子に対して成功パターンに当てはまってほしいと考える親心をくすぐり続けることによって、子どもが追い詰められる可能性があることは、多くの人に知っておいてほしいです。学校運営もビジネスだという側面を考えれば、正しいマーケティングをしているだけとも言えます。しかしマーケティングに力を入れすぎるあまり無神経になっていないか、考えてみることも必要です。

—— これまでは「偏差値の高い大学に行くのが勝ち組」というメッセージに踊らされてきた社会が、また別のことで踊らされるようになっただけなのかもしれませんね。

おおたさん:通信制高校で、基礎的な教科以外の好きな分野が学べるのはいいのですが、あくまでもそれは「いろんな入り口から学びに入っていけばいい」という話ですよね。全日制普通科に通う子とは違った、何か尖ったことをしなさいとか、特別な能力を身につけて活躍しなさいというメッセージにならなければいいなと思っています。

大人による「成長チェック」が成長を阻害する

—— では改めて、子どもたちに必要な「体験」とは、何なのでしょうか。たくさん習い事をさせることや、他の子とは違う特別な経験をしてもらうことではないですよね。

おおたさん:大人が子どもたちに「価値ある体験をさせよう」と考えること自体、あまり意味がないと思います。「子どもたちは放課後にたくさんの人と関わることで成長するんです」と大人が環境を整えたとします。そうすると、大人はそこにいる子どもたちを見て、「いつ成長するんだ?」「成長したか?」と、まったくの無意識で成長を望むようになっていきます。子どもの成長に一喜一憂する大人の集団ができあがります。その環境下では、子どもたちはプレッシャーを受け続けることになりますよね。

—— 大人たちの期待をひしひしと感じる中で、大人にわかりやすい成長を見せてあげなくてはいけない、と感じてしまう子どももいるかもしれませんね。

おおたさん:学校では、子どもたちは常に評価され、みんなと同じように成長することを期待されています。学校がそういう場所で、抑圧を感じていても、放課後は何もせずぼーっとしていてもいいなら、まだ「給食を食べたらあと2時間頑張るだけ!」と頑張れる子はいると思います。しかし、学校の外でも体験を押しつけられ、成長を期待されると、どこにも息抜きをする場所がなくなりますよね。それが不登校につながっていくケースも考えられると思います。

—— そうして息切れした子に「学校に行かないなら別のことを頑張りなさい」と期待をかければ、さらに追い詰めることになりますね。

おおたさん:本来、中高生の子どもたちは、自分が何者になるのかまったくわからない、さなぎの状態です。その中で自分と向き合い、他人や社会との関わりを持ちながら、いろいろな失敗をして成長していきます。たくさんの回り道をすることで、自分というものを形作っていくわけです。その過程で、大人が「この体験をして、こんなふうに成功してほしい」と勝手にレールを敷いてしまうと、回り道という今しかできないことを奪ってしまうことになりますよね。

—— 「何を体験させればいいんだろう」と、成功を求めること自体をやめるのが大切だと。

おおたさん:たとえ子どもが何かに夢中になり、大人になってその道で成果を残したとしても、それが人生の成功とは限りません。スポーツで有名になった人、政治家として活躍している人が、本当にすべてが理想的な人間になっているのか、人類として優秀なのかと考えてみれば、わかることです。多くの人が、何者かにならなくても、ほどよく何かをやって、失敗したりうまくいったりしながらも愛おしい人生を送っているのがこの社会です。わかりやすい成功ではない、愛おしい人生というものに、もう少し目を向けてもいいのではないかなと思います。

—— 大人が勝手に理想を描き、子どもたちを振り回さないように、気をつけていきたいですね。ありがとうございました。

取材協力

おおたとしまささん

おおたとしまささん
教育ジャーナリスト。リクルートから独立し、教育関連の取材・執筆を中心に活動、講演活動も行う。近著に『子どもの体験 学びと格差―負の連鎖を断ち切るために』(文春新書)など。

<取材・文/大西桃子>

この記事を書いたのは

大西桃子
ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。
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