
学校の勉強についていけない、人間関係がうまくいかない、いつも忘れ物をしてしまう……。そんな悩みから「もしかして発達障害?」と思っても、専門のクリニックで診断をしてもらうのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう人は多いのではないでしょうか。
自分自身や自分の子どもが発達障害と診断されたら、ショックを受けてしまうのではないかと不安を感じたり、そこまで深刻ではないはずだと言い聞かせたりすることで、一歩を踏み出せない人もいるかと思います。
そこで今回は、発達障害の診断とはどういうものなのか、また専門の医療機関で診断を受けることによるメリットやデメリットについて、「どんぐり発達クリニック」の院長・藤井明子先生に話を聞いてみました。
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発達障害の診断とは?診察の流れと検査内容
—— はじめに、発達障害の診断とはどのようなことを行うのか、教えてください。
藤井先生:まずご理解いただきたいのは、「発達障害かもしれない」と悩んでいる方にクリニックではいきなり知能検査などの検査を行うわけではなく、どのような症状で困っているのかに焦点を当ててお話を伺っていきます。落ち着きがない、授業についていけない、朝起きられないなど、どのような困りごとがあるかを伺うと、背景には発達障害ではなく体の病気が潜んでいる場合もあります。さらに、学校の課題が多すぎるなど環境に要因がある場合もあります。そうした可能性も考慮したうえで、家や学校での様子や、幼少期の様子などを問診で話を伺うことがまず何よりも大切になります。また、診察室でのお子さんの様子も診察します。そうして必要と判断すれば発達検査を行うことになります。
—— 発達の相談ができるクリニックに行ったからといって、必ずしもすぐに検査となるわけではないのですね。
藤井先生:はい。検査では、主に発達検査・知能検査によってDQ(発達指数)またはIQ(知能指数)を調べます。すると、学ぶペースは遅くてもIQは平均的な範囲という子や、勉強にはあまり課題を感じていなかったけれど、IQが71~84以下でグレーゾーンに当てはまる子がいたりします。IQの他に、言語理解や知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度を調べることもあり、これらをそれぞれ数値化できる検査を「WISC(ウィスク)検査」と言います。注意してほしいのは、WISC検査をしたからといって、その子が抱える悩みや困難の背景がすべて明らかになるわけではないということです。WISC検査以外にも、クリニックによってさまざまな検査を行っています。
- 言語理解
- 知覚推理
- ワーキングメモリー
- 処理速度
—— 検査をすれば原因がはっきりわかって、困りごとが解決できるという単純な話ではないと。
藤井先生:その子の傾向を把握することはできますが、あくまでも補助的なもので、検査結果がこうだから、その子の発達の凸凹を整える方法を提示するわけではありません。たとえば検査によって学習障害がわかったところで、特効薬があるわけではありません。しかし、学校生活において、合理的配慮を受けることは可能になります。お子さんや親御さん、学校と医師とが連携することで、お子さんの困り感が軽減されることが何よりも大切になります。IT化によって、文字を書くのが苦手でも音声入力が補助してくれるなど、補助や合理的配慮があれば、不得意なことを行う負担が軽減されるはずです。

検査結果は苦しさを軽減するサポート役のひとつ
—— では、検査を受けるメリットとは何なのでしょうか。
藤井先生:何が得意で何が苦手か、自分の傾向を把握することはできるので、困難を感じている部分をどう補助していくかを考える材料にはなります。また、学校では一人一人の障害の状態や教育的ニーズ等に応じて教育を提供する「合理的配慮」をしていきましょうという方針になっていますので、学校に検査結果を伝えることで対応してもらいやすくなる可能性もあります。
- 自分の得意・不得意が可視化される
- 学校で合理的配慮を受けやすくなる
- 自分への理解が深まり自己肯定感につながる
—— 「なまけているわけじゃないんだな」などと、先生たちにも理解してもらいやすくなりそうですね。
藤井先生:はい。ただ本音を言えば、学校には、検査結果があるから対応するといったマニュアル的な配慮をするのではなく、検査結果よりもその子自身を見て、どのようにしたら学びやすくなるかを考えてほしいと思っています。医療側もサポートをしますが、教育の場でも生徒一人一人をよく見て合理的配慮を進めていただきたいです。
—— それは、たとえばADHD(注意欠如・多動症)という診断結果があったとしても、全員が同じ困難を抱えているわけではなく、傾向の現れ方がそれぞれ違うからでしょうか。
藤井先生:そうです。ADHDだからといって全員が授業中に集中できないわけでも、忘れ物をするわけでもありません。医療も教育も、一人一人の状態をよく見ることが基本です。
—— 検査結果も参考にしながら、得意なことや苦手なことをじっくり見ていくことが重要なのですね。メリットを考えると、他には、発達検査を受けた大人たちからはよく、「検査を受けたことで、自分の努力が足りないわけではないとほっとした」という声も聞きますが。
藤井先生:クリニックを訪れる方はそもそも、「たぶん発達障害だろうな」と思って、ハッキリさせたくて来ることが多いので、そういうケースもあると思います。困りごとの背景がわかることで、それならこういうやり方でカバーしていけるかもしれない、と選択肢も増えていきます。
—— 知能検査で軽度知的障害だとわかれば、療育手帳が取得でき、障害者求人に応募できたり、さまざまな福祉サポートが受けられたりする可能性もありますよね。
藤井先生:軽度知的障害として療育手帳が取得できるIQの数値は自治体によって定義が異なっていて、手帳が発行されればそういうメリットもあります。ただ、療育手帳の発行はそんなに簡単なものではありませんし、年齢によって認定の更新が必要だったりします。
—— もし、将来的に働いて安定的に収入を得ることが難しそうだと感じた場合、手帳があると安心なのではないでしょうか。
藤井先生:まずは今の困難や苦しさを軽減させることに目を向けていただきたいと思いますが、高校生になってそうした将来的な不安が出てくるのであれば、検討するのもよいと思います。手帳を持っていても、普段は使わずにしまってあるだけという人もいます。
「発達障害だから」とひとくくりに考えないで
—— 発達検査を受けるデメリットについても、教えてください。
藤井先生:クリニックに行きたくないと考える人も一定数いると思いますが、そうした人はおそらく、「障害」という言葉に抵抗を感じていたり、「発達障害だから」とひとくくりに扱われることが不安だったりするのではないかと思います。ただ、自分の困っていることを軽減していくサポートとして、医療機関を使ってみてほしいと思います。
—— 自分自身が発達障害というワードにマイナスイメージを抱いてしまっていると、受け止め方もマイナスになってしまうかもしれませんね。
藤井先生:社会の中には、まだ「あの子はADHDだから」とひとくくりにしてしまう人もいて、そこは問題だと思っています。今はかなり発達障害への認知度や理解度が高まってきてはいますが、わかっているつもりになっているけれど、実際には理解が足りない人が多いのも現状です。
—— 当事者の問題にするのではなく、社会全体でデメリットを減らしていく必要がありますね。診療を受けた際、薬を処方されることに不安を感じる人もいるかもしれません。
藤井先生:薬は本人と親御さんが納得いかない状況では処方されませんし、同じ薬でも体格や体質、症状に応じて副作用が出ないよう慎重に調整されます。また、薬は今抱えている困りごとを軽減するためのサポート的なものであり、根本治療をしてその子の根幹を変えるようなものではないと思っていただきたいです。発達障害は治すもの、治るものではないという理解も必要です。
—— どのような種類の薬があるのですか?
藤井先生:イライラやかんしゃくなど感情の高ぶりを押さえたり、多動や不注意を軽減させたりするものなどいくつかの種類があり、症状に応じて処方します。いずれにしても、困っている部分をカバーしてくれる、サポート役だと考えてください。
—— 苦しさを感じている部分に対しては、医師と相談して薬でサポートすることもできるということですね。
医療の視点が入ることで悩みが整理されることも
—— 「自分は発達障害かもしれない」と悩んでいる10代の子や、「自分の子どもが発達障害かもしれない」と思っている保護者さんに、アドバイスをいただけますか。
藤井先生:今置かれている状況がつらいと感じている場合には、発達障害そのものの苦しさではなく、ストレスによるうつ症状や不安障害など二次障害が起きているケースがあります。つらいと感じたら、症状が悪くなる前にクリニックを訪れてほしいと思います。また、子どもの発達障害では、親子で困りごとの内容がまったく違うことがよくあります。その場合、クリニックを受診することで、親子の困りごとを整理することが可能になります。子どものつらさが改善されず、二次障害が進行していくことも考えられるので、こじれる前に第三者の目を入れることも大事だと思います。
—— 親はここを改善してほしいけれど、子どもにとってつらいのはそこではない。でも親は自分が本当につらい部分には目を向けてくれない……。そうなると、家庭にも居場所がないように感じてしまうかもしれませんね。
藤井先生:クリニックの初診では、保護者同伴で来ていただいた場合でも、親御さんとお子さんそれぞれに何に困っているかを聞くようにしています。一人で悩みを抱え、クリニックに行きたいと保護者に言いづらい場合には、まずスクールカウンセラーに相談してみるとよいと思います。
—— 生きづらさが重くなっていく前に、相談するのがよさそうですね。
藤井先生:医療という新たな視点を入れることで、つらさを整理して考え、どこをサポートすればいいのか気づけることもあるので、ぜひ利用してみてください。
—— ありがとうございました。
取材協力

藤井明子先生
どんぐり発達クリニック(東京都世田谷区)院長。東京女子医科大学病院や長崎県立こども医療福祉センターなどさまざまな医療機関で発達外来、小児神経外来にて診療を経験。自身も3人の子どもを育てながら、子どもや保護者の悩みに寄り添う診療を行う。
<取材・文/大西桃子>
この記事を書いたのは

ライター、編集者。出版社3社の勤務を経て2012年フリーに。月刊誌、夕刊紙、単行本などの編集・執筆を行う。本業の傍ら、低所得世帯の中学生を対象にした無料塾を2014年より運営。