大人も子どもも、安心して失敗できる場所をーー「IMPRO KIDS TOKYO」の即興演劇(インプロ)ワークショップをのぞきに行きました

先輩に聞く

2019/04/13

挑戦に失敗はつきものです。けれど、「失敗してもいいんだよ」と言われても、失敗は大人になっても怖いもの。怒られるかもしれないし、相手をガッカリさせてしまうかもしれない。しかし、失敗との付き合い方を学ぶ機会は属人的で、限られています。

今回紹介する「インプロ」は、「即興演劇」を意味するインプロヴィゼーションの略語。脚本もセリフも決まっていないなかで、演者たちはお互いの言葉や動きを受け入れながら、ワークを展開していきます。インプロを学ぶと、失敗に対する姿勢も変わっていくそう。

「子どもも大人も、肩書きではなく、一人の人間として尊重されること」を大切に、インプロを応用した教育活動を行っている「IMPRO KIDS TOKYO(インプロキッズトーキョー)」のワークショップをのぞきに行きました。

参加者の様子に合わせて、変わるワークショップ

取材に伺ったのは、埼玉県戸田市にある学童の一室。この日のワークショップは合計3時間。10名ほどの参加者はインプロに取り組むのは初めての方から、複数回参加されてきた方まで、年代も性別もバラバラです。

最初のワークは自己紹介。名前や目的、いま興味があることなど話し、その内容によって、次のワークも即興で決めていきます。その日に行われたのは、「私は木です」や「ワンワード」など5つほどの「インプロゲーム」と呼ばれるワーク。

高度な演劇技術を求められる難しいものは一切なく、どちらかというと「体を使ったゲーム」に近いワークばかり。途中で振り返りをしながら、終始和やかな雰囲気で進みます。

最後には、参加者から「日常生活でこう活かしたい」などのコメントがいくつも寄せられました。講師側も、毎回発見があるんだそう。

なぜ、インプロを始めたの?

「IMPRO KIDS TOKYO」主宰者の下村理愛さんと我妻麻衣さんに、大事にしている考え方やその影響を詳しく伺っていきます。

下村理愛さん(左)と我妻麻衣さん(右)

――お二人は、インプロの何に惹かれたんですか?

下村さん:正解を答えるのではなく、仲間と正解を作っていくところです。

私は教員を目指していたのですが、受けてきた教育のあり方に強い違和感があったんです。私の通っていた学校の授業は、先生が話して板書して、生徒が聞くといった、上意下達形式がほとんどでした。

でも、大学生以降は、自分の意志で受ける授業や進路を決める場面が増えます。これまで学校や先生の示した方針に従うのに慣れていたので、正解がない中で、自分で決めて進んでいく状況にと戸惑いました。

そんな時にインプロと出合ったんです。ある枠組みの中で、場の出来事や参加者を見ながら進めていくインプロ。正解がない中で、メンバーが一緒になって答えを作り上げていくのに夢中になりました。

結局、教師にはならず、発達障がいのある子ども向けの学習支援教室「LITALICOジュニア」で、インプロを取り入れた授業を実施。その中で、もっと幅広い大人や子どもたちとインプロを学ぶ場のニーズを感じ、2018年6月に「IMPRO KIDS TOKYO」を立ち上げました。

――我妻さんはどうしてインプロに?

我妻さん:小さい頃から演劇に興味はあったんですが、「役者なんて、なれるわけがない」と言われ、「自分が役者を目指すのは恥ずかしいことなんだ」と諦めてしまいました。しかし、東日本大震災が起きたときに、「もしかしたら、私も死んでいたかもしれないんだな」と気づいたんです。それで、「やりたい」と言えなかった演劇を始めると決意しました。

そしてある時、たまたま観に行ったインプロの公演に衝撃を受けて。脚本すらないのに、ステージに出て即興でお芝居を作る。「芝居をやりたい」とすら言えなかった自分から見ると、それはものすごいことで、「私もやってみたい」と思ったんです。その後、インプロのワークショップで出会った下村さんのSNSで「IMPRO KIDS TOKYO」の立ち上げを知り、考え方に共感し、合流しました。

失敗をオープンにすることが周りへの貢献になる

――そもそも「失敗を怖い」と感じるのは、なぜだと感じますか?

我妻さん:「正解すると褒められる、頑張ったけど失敗すると叱られる」という子どもの頃からの体験は一つの要因かと思います。

また頑張っている人に対して、周りが軽く笑ってしまう傾向もありますよね。そういう反応を見たら、自然と失敗は怖くなります。

――インプロと失敗には、一体どんな関係があるのでしょうか?

下村さん:最初に、参加者の心理的安全性【※】を高めるワークを必ず行います。例えば、自己紹介をして拍手するワーク。だんだんスピードを速くしたり、ルールを追加したりして、難易度を上げていく。すると、だんだんうまくいかなくなり、笑ってしまう人が自然と出るんです。

【※】メンバーが気兼ねなく発言でき、本来の自分を安心してさらけ出せる、と感じられる場の状態や雰囲気を指す

その時、失敗をオープンにすることで周りの人たちが安心すると伝えるために、「失敗したときに笑いがおきるね。実は、これがとても大事です!」などを全員にシェアしていきます。

たとえ失敗しても、ポジティブに受け入れてもらえる安全性があるからこそ、自分のアイデアを即興で出せたり、無理しすぎずにいられたりするんです。

我妻さん:私たちのワークショップの中で、「失敗」は存在しないと思うんです。インプロは即興の演劇なので、「こうすると、こんな反応がある」を疑似体験できる。何が起きても、現実世界には影響がないので、安心して普段と違うパターンに挑戦できます。

例えば、2人の会話が質問やあいまいな言葉ばかりになってしまう時があります。

A 「ここに行きますか?」
B 「あ、それでもいいですね」
A 「じゃあご飯どうしましょうか?」
A 「うーん……。何か食べたいものありますか?」

これだと、この2人は少し困った雰囲気になる。そこで、こちらから普段と違うパターンを提案します。例えば、全ての言葉を断定するルール。すると、「オムライス食べに行こう!」「いいね!」など、全く違う展開が生まれるんです。

これを客観的に見て、「なぜそうなったか、他にどんなことができるか」を一緒に探求していきます。

自分の体の使い方のクセを知ると、何が変わるのか?

――インプロでは、体の使い方も大きな影響があると伺いました。これは、具体的にどういうことでしょうか?

下村さん:身体や意識の一部を変えるワークもあります。例えば、「ステイタス」という概念についてのワークでは、2人に身体の動きのルールをつけ、社長などの役を与えて関わってもらいます。

Aさんは、身体を「外」にむける、「相手の」肩をさわる、相手と目を「合わせる」。
Bさんは、身体を「内」にむける、「自分の」身体をさわる、目があったら「逸らす」。

すると、何も言及していないのに言葉や行動が勝手に変わるんです。Aさんは「売り上げが上々で」と自信のある発言になり、Bさんは「倒産しそうなんです……」など後ろ向きになる。その後、交代して逆の身体のポーズでもやってもらう。少しの変化で言葉や気分が変わるのを体験してもらいます。

いろいろなパターンを体験し、「自分は自信がないのではなく、体がこの姿勢になりがちだから、自信がなく見えるのかもしれない」、「今度、人前に立つときはこのポーズを取ってみよう」などと気づけます。

我妻さん:人間は、「自信がない」「緊張する」などの感情に左右されやすいんですが、実は体からのメッセージのほうが強いと言われています。だから、緊張しやすい人は肩を開いて、大きめに頷くことなどを意識する。そうやって、体の振る舞い方を変えるだけでも、気持ちが徐々に変わるんです。

相手をどう思っているかで、見え方も行動も全く変わる

――体の使い方から気持ちが変わるのは面白いですね。

下村さん:体の使い方以外にも、相手をどんな人だと見るかという「認識」から行動を変える方法もあります。例えば、2人でクリスマスツリーを飾るシーンを演じるとします。最初は友達同士として、その後は一方に「何をやってもだめな人」、もう一人に「雇い主」を演じてもらう。すると、同じシーンでも会話の質もやり方も大幅に変わるんです。

立場や関係性、相手が自分に対してどんな見方をしているのかの影響はとても大きいんです。例えば、大人が子どもを「何もできない子」だと思っていると、そういう役割になってしまう。普段は無意識なのであまり気づきませんが、演じることで客観視できます。

我妻さん:私はある高校でインプロを教えているのですが、担任の先生が「うちのクラスの子は、みんな本当に気が弱いので、できなくて迷惑をかけると思う」とおっしゃったんですね。それで、「どんなクラスなんだろう」と思って行ってみたら、面倒見が良くて元気な生徒ばっかりでした。

――先生と生徒の関係にも、認識は大きく影響するんですね。

我妻さん:そうですね。先生は、生徒への愛情から心配をされたんだと思います。でも今では、生徒のほうが授業中に私を助けてくれたりするくらいです(笑)。

インプロを習い事の選択肢にしたい

――今後の活動の目標を教えてください。

我妻さん: 私は企業で働いていた頃、人権を無視したようなコミュニケーションが行われているのに驚きました。それを続けると、働く人の幸福度も下がり効率が悪いし、何よりすごく悲しいことです。

そんなふうに今の環境にいるうちに、いつのまにか「ノー」が言えなくなってしまった大人がたくさんいます。だから、大人も感じたことを言える機会を作りたいし、子どもたちも早いうちにそういうコミュニケーション力を身につけられるといいと思っています。そうすると、親御さんとお子さん、先生と生徒の関係づくりも変化するのではないでしょうか。

下村さん:私自身、生徒の可能性が広げられる先生に習いたかった、と思うんです。先生は全ての知識を持っていないとだめと考えてしまいそうですが、もし「先生も分かんない」「失敗しちゃった」と言えれば、子どもも「一緒に考えよう」と思えるんじゃないでしょうか。

失敗を恐れない大人の前では、子どもたちも失敗への恐れが薄れていきます。そんなふうに先生や親が失敗をオープンにできる環境の方が、毎日を笑って過ごしやすいし、大人が幸せだと子どもも幸せになる。だから、そういう関係づくりに演劇の手法が役に立つとうれしいですね。

また、カナダでインプロのワークショップに参加したとき、受講生の多様さに驚きました。教育関係者や役者だけではなく、弁護士や営業など、さまざまな職業の方が参加していて、子どもたちは習い事として、劇場に来ていました。将来、科学者になりたい小学生が「知識だけでなく、コミュニケーションも必要だから」と言っていたのには感銘を受けました。

日本でもインプロが、多様な人々の「習い事の選択肢の一つ」になればいいな、と思っています。そして、頭だけでなく身体やあり方から、人との関わりで大事なことを学ぶ機会を増やしていきたいです。

(企画・執筆:鬼頭佳代/ノオト 編集:阿部綾奈/ノオト)

取材協力

IMPRO KIDS TOKYO

「子どもも大人も、肩書ではなく、一人の人間として尊重されること」を大切にしながら、目の前の相手をリスペクトしながら進めていくインプロ(即興演劇)を応用した教育活動を2018年6月より行う。

http://improkidstokyo.com/

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2019年4月13日)に掲載されたものです。

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