大切な人やペットと死別、離別した人へ あなたの心の痛み「グリーフ」とうまく付き合い、起き上がる力をつける方法、手立て

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2021/06/30

頭痛、腹痛がする、眠れない、勉強が手に着かない……。身近な人の死、親の離婚、ペットの死など、愛着のある存在やかかわり(関係性)を失ったときに心身に表れる反応を「グリーフ」と呼びます。

「安心感が損なわれ、死が今まで以上に身近に感じられるような不安の続くコロナ禍、グリーフは複雑になりがちです」と話すのは、長年、親を失った子どもたちに寄り添ってきたあしなが育英会の西田正弘さん。西田さんは、12歳のときに交通事故で父親を亡くした遺児の一人です。

大切な存在を失った人は、どのようにグリーフと付き合っていけばいいのでしょうか。それを解きほぐし、心の安心・安全を取り戻す方法は? 西田さんにお聞きしました。

コロナ禍、大切な人を失った痛みは複雑に深くなりやすい

それがいいものであれ、悪いものであれ、人生における成長やそれにともなう変化は人にストレスを与えることがわかっています。未成年の場合、もっとも影響されるのは「親の死」と「想定外の妊娠と中絶」。続いて「結婚」「親の離婚」といわれます【※】。

【※】ホームズ「社会的再適応評価尺度」(1967年)より

ストレスの元になるのは、死別や離別など大きな変化だけではありません。引っ越しや友達とのケンカ、部活を辞めるなどの小さな変化も、積み重なれば大きなストレスに。

「ステイホームやソーシャルディスタンスなど数多くの小さな変化を強いられるコロナ禍、人は知らず知らずのうちに大きなストレスを抱えている」と西田さんは指摘します。

「ストレスフルなコロナ禍で、身近な人やペットを亡くしたり、親が離婚や別居をしたり、大切な存在との離別を経験した人もいるでしょう。そのダメージは従来よりも大きくなりやすいはずです」(西田さん、以下同)

愛着を感じる存在を失ったときに心身に起こるさまざまな反応のことを、「グリーフ」と呼びます。悲しみ、さみしさ、怒りといった感情のほか、頭痛や腹痛、眠れない、食べられないなど、現れ方はさまざま。次なる喪失への不安から、不登校になる人もいます。

「グリーフは病気ではありません。失った存在への愛情があるからこそ起こる、ごく自然で健全な反応です。どんな反応もおかしなものではなく、もちろん自分のせいだけで起こるものでもありません」

大切な人を亡くした子どもの反応(西田正弘・高橋聡美『死別を体験した子どもによりそう~沈黙と「あのね」の間で』より)

愛着があるものとの喪失や離別(別れ)は、単純にその存在を失ったという体験にとどまりません。引っ越しや転校で環境や人間関係を失うこともあれば、経済的な理由で夢を諦めざるを得ない人、家族の中での役割が変わってしまう人も。安心・安全な心や身の置き場を失うこともあるでしょう。グリーフは、そうした変化に懸命に対応しようとした結果、表れたものでもあるのです。

グリーフに同じものは一つもない

グリーフには、二つとして同じものはありません。グリーフには、いつ、どんな関係性の人を、どんな理由で失ったのか、どんな別れ方をしたのか、死の現場にどのように遭遇したのかも影響します。「あなただけのグリーフ」があるのです。

グリーフがほぐれにくくなるのは、例えば「突然の死別」に直面したケース。

「僕は12歳のときに交通事故で父親を失いましたが、事故の後に1週間、意識不明の時期があったんです。あのとき、僕は横たわっている父親の姿を見ながら、ある意味、『父は死ぬのだな』という心の準備をすることができた。しかし、同じ交通事故で父親を亡くした友達の場合は、即死だったので何が起きているのかわからなかったと話していました」

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自死による死別だったケースもまた、グリーフを複雑にします。自死遺族の子どもは、現場に遭遇したり、第一発見者になったりしていることも多く、発見した時の映像が目に焼き付いてトラウマ化しやすいそう。

「お見舞いがはばかられたり、葬儀が縮小したりしているコロナ禍での死別には、『さよなら』の準備をしにくい、別れの実感が持ちにくいといった難しさがあります」

死に際にあまり会えないまま身近な人を亡くした人は、突然死に近いショックを受けるでしょう。最終的に病院で臨終に立ち会えなかった人、葬儀で遺体を確認できなかった人は『本当に亡くなったんだ』と実感しづらい。「これらがグリーフを深め複雑にすることは、想像に難くありません」と西田さんは話します。

グリーフとの上手な付き合い方

人がグリーフを受け止めていくプロセスのことを「グリーフワーク」と呼びます。人はグリーフワークを重ねながら失った存在のいない生活を続け、グリーフに振り回されないだけの力をつけていくことが求められるのです。

「グリーフワークの第一歩は、自分の気持ちを認め、丁寧に扱うこと。『同じ状況の人もいるだから』『もっとつらい人はいるから』と思う必要はありません。失った存在とあなたとの関係は、この世でただ一つしかない大切なもの。その痛みを邪険にしないでください」

気持ちをないものにして押さえ込んでも、その気持ちが消えることはありません。逆に、時間が経つほどに膨らみ、いつか爆発してしまう可能性すらあります。

「悲しさや怒りといったネガティブな感情はない方がいいと思うかもしれません。でも、その感情は失った人への愛情があってこそ生まれたもの。見方を変えれば、あたたかな意味も持っているのです」

自分の気持ちを丁寧に扱うために、西田さんは自分をモニタリングする(気づく、丁寧に触れる)習慣をすすめます。気持ちの変化は、体や心のさまざまな変化として現れるからです。

「朝、目覚めて行動を起こす前に、自分のコンディションをチェックしてみましょう。『嫌な夢を見たな』『ちょっと眠りが浅いな』『お腹が減ったな』……。心身を丁寧に観察するくせがつくと、自分自身の気持ちの状態をつかみやすくなります」

気持ちが落ち着かないときに逃げ込める安全な基地を確保しておくのも大切です。心地のいい場所や音楽を、余裕があるときに探してみましょう。

「気分が晴れないときは、散歩をしてみるのもおすすめです。風に吹かれたり、遠くの緑をながめたりすると、気分を変える助けになります。運良く好きな雰囲気の公園が見つかるかもしれませんしね」

受験前、試験前などは「勉強しなくちゃ」と焦るかもしれませんが、根を詰めすぎると精神的に追い詰められることもあります。学校や家庭、塾などに属さず、自分自身の心地よさを優先する時間を意識的に取る。それが自分らしくいられるコツだと西田さん。

「小説やマンガなどの物語に触れるのも大事です。自分の気持ちを代弁してくれる登場人物や言葉に出会えたり、これからどうしたいか考えるヒントを見つけられたりするはずです」

家族や友人とグリーフを共有するときは

重要なグリーフワークのひとつに、自身の体験や気持ちを言葉にして人と共有することがあります。それらを他人に認めてもらうことで、気持ちがほぐれたり、グリーフがあってもいいのだと思えるようになったりするからです。話しながら、自分の本当の気持ちに気づくこともあるでしょう。

「話し相手は、同じような体験をした“横の関係の人”と、祖父母やおじさん、おばさん、信頼がおけるクラブの先生、保健室の先生、スクールカウンセラーの先生など、“斜め上の関係の人”がおすすめです。あまり期待せずに話してみて、いいなと思った相手を選ぶのがコツです」

万が一、話して嫌な気持ちになったら、「この人に話すタイミングじゃなかったな」と中断していいのです。余計なアドバイスだと思えば、それを聞く必要もありません。

「気が向けば、自分と同じような体験をした人たちのオンラインコミュニティなどに参加して、できる範囲で話をしてみましょう。その場所が自分に合わない気がしても、大丈夫。自分を責めず、『たまたま合わなかったんだな』と他を探しましょう」

似た体験をした人と話すときに気をつけたいのは、やはりそれぞれの喪失体験、それぞれのグリーフがあるということ。

「すべてをわかりあう必要はないし、それは無理なのです。“共通点と違い”ではなく“共通点とそれぞれ”と捉え、わかるところもわからないところも大事にしながら付き合っていくと、いい関係で寄り添っていけるでしょう」

それは、家族であっても同様です。親子だから、きょうだいだからと言って、同じ感じ方をするものではありません。親やきょうだいと喪失体験への感じ方を理解し合えなくても、悩む必要はないのです。

「家庭内で失った相手の話がタブーになったり、失った相手が悪く言われたりして傷ついてしまう人もいます。しかし、それぞれの関係、特に大人と子どもの関係と夫婦など大人同士の関係は別もの。優劣はありません。あなたはあなたの体験、痛みを尊重していいのです」

周囲がグリーフを抱える人を支えるには?

最後に、周囲がグリーフを抱える人をどう支えればいいのか、西田さんに伺いました。

「まずは、自分が経験したことがないような経験をしている人に対して、『こんなふうに思っているはずだ』と思い込まないようにしてください。もし同じような体験をしていても、喪失体験は人それぞれなのです」

そのうえで心がけたいのは、グリーフを抱える人にまなざしを向けること。ダメージを受けたり壊れてしまったりした、その人の心の安心・安全をケアするためです。

「『今、どんな感じ?』と気にしてあげるスタンスがいいと思います。『眠れてる?』『食べれてる?』『調子はどう?』……。そうした言葉がけで、グリーフを抱えた人は孤立せずにすみます。自覚しにくいグリーフに本人が気づくきっかけにもなるかもしれません」

求められない限り、アドバイスをする必要はありません。日常的に『何かあったら声かけてね』と声をかけ、その人が心を開く瞬間をただ待って。周囲が体験していない喪失を味わった人は、なかなかそれを口にできないのです。

「注意したい言葉は『あのね』です。これは、『どんな言葉で言ったら伝わるかな』『気持ちを言ったらなんて思われるかな』という葛藤があって出てくるフレーズだと私は思っています。勇気を出して発した言葉なので、手を止め、気持ちと体を向けて受け止めてあげてください」

「あのね」の後には重たい言葉が続くことが多いと西田さん。中途半端に受け止めれば、「この人には届かない」とシャットアウトされてしまう可能性が高いのです。

「どうしても話を聞けない状況の場合、心の準備ができていない場合は、『私の都合で悪いんだけど、少しだけ待ってもらえる?』と時間をもらいましょう。『何時ごろに』『次の日曜日に』などと約束をし、時間を取って聞いてあげてください」

聞き手に求められることは、その人の気持ちの証人になること。理解できる、できないにかかわらず、「そうなんだね」と受け止めることを大事にしてください。自分と相手の心を守るためにも、わかろうとしすぎないこと。

これまで当たり前だった日常が失われたコロナ禍、だれしもが目に見えない変化や喪失を経験しています。つまり今は、すべての人がグリーフを抱えた状態。それぞれの変化や喪失に振り回されない力をつけるまで、それぞれの痛みを尊重しあいながら、「自分も大事、相手も大事」を合い言葉に支え合っていきましょう。

(取材・執筆:有馬ゆえ 企画・編集:鬼頭佳代/ノオト)

取材先

西田正弘(にしだ まさひろ)さん

あしなが育英会・東北レインボーハウス所長。12歳のときに父を交通事故で失った経験から、大学卒業後、交通遺児育英会に入社。その後、あしなが育英会で災害死や自死の遺児支援にも携わる。2011年以降は、東北被災地での遺児、孤児向け一時支援金の申請呼びかけや、グリーフを抱える子どもの心のケア事業に従事している。

あしなが育英会

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2021年6月30日)に掲載されたものです。

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