心のモヤモヤ、どうしたら晴れる? 専門家が教える「感情ログ」で気持ちをコントロールする方法

専門家に聞く

2021/04/26

不安、イラだち、悲しみ……。コントロールしづらい感情をうまく扱うためには、何が必要なのでしょうか。

「実は、規則正しい生活や外出後の手洗いで体の健康を保つのと同じように、心の健康を保つためには日常的なセルフケアが必要。その一つが、自分の感情を書き出し、ログしていくことです」

こう話すのは、千葉大学 子どものこころの発達教育研究センターの浦尾悠子さん。浦尾さんによれば、「起きた出来事」と「感情」「考え」「行動」をセットで書き出していくと、ネガティブな感情をコントロールするヒントが見つかるのだとか。

浦尾さんに感情を記録して心の健康を保つ方法をうかがうとともに、10~20代から支持を集める感情ログアプリについても取材しました。

感情ログは心を健康に保つための生活習慣

「コロナ禍、生活様式が変わり、子どもたちが大きなストレスを抱えているのを感じます。心のセルフケアの重要性は高まっているといえるでしょう」

千葉大学・子どものこころの発達教育研究センターの浦尾悠子さんは、認知行動療法の観点から子どものメンタルヘルスについて研究する公認心理師・看護師です。

「体でも心でも、人が病気になるときは、その人が持って生まれた“病気のかかりやすさ”、環境、そして生活習慣の3つが影響します。そのなかで自分でもコントロールしやすいのが、生活習慣。心身を健やかに維持するためには、自分で自分をケアする習慣をつけるのが効果的です」(浦尾さん、以下同)

規則正しい生活や手洗いなどで健康な体を維持するとしたら、心の健康を保つための生活習慣はあまり知られていません。そこで浦尾さんが提案するのは、出来事と自分の感情をセットで書き出してみること。紙の日記帳でも、スマホのメモ帳やアプリでもかまわないそう。

「1日1回、寝る前など気持ちが落ち着いている時間帯に、その日にあったことを振り返って書く習慣をつけてみましょう。ポイントは、起きたことだけでなく、それにまつわる『考えたこと』『行動したこと』『その時の感情』の3つも意識して書き出すこと。ある出来事に対して、こう考えた、またはこう行動した結果、こういう感情が出てきたんだ……というように、自分自身の体験をもう一人の自分が観察しているイメージで書き出しましょう」

ただ、感情がピークにあるときは、かえって辛くなってしまうこともあるので、無理に書き出す必要はないと浦尾さん。感情がたかぶっている間は、「今、私は怒っているんだな」「今、僕はつらくて仕方ないんだな」と、感情をそのまま認めてあげることができれば十分だと話します。

「感情をログするメリットは、頭の中でごちゃごちゃに絡まっていたり、つい目を背けてしまったりしがちな感情を外に出して見える形にできること。それにより、考えや気持ちが整理されます。また、自分の感情を客観視していくうちに、自分のどんな考えや行動が感情に影響しやすいのか、というカラクリも見えてくるでしょう」

感情を書き留めることで“自分らしさ”に近づくアプリ「muute」

「感じたことを書き留める」ことに着目し、10~20代から支持を集めているアプリがあります。2020年12月にリリースされたAIジャーナリングアプリ「muute(ミュート)」です。提供元であるミッドナイトブレックファストの喜多紀正さんと岡橋惇さんに、どのようなアプリなのかを伺いました。

「“ジャーナリング”とは、頭の中で考えていること、思っていることを書き出す行為。書くことでモヤモヤが晴れたり、気持ちが楽になったりする効果があり、“書く瞑想”とも呼ばれています」(岡橋さん、以下同)

書くハードルを下げるために、muuteでは
(1)白紙の紙に書くように自由に綴る
(2)「感情」と「それに関係する人、物、事」を選んでから書く
(3)muuteがランダムで出す質問に答える形で書く
と3種類のジャーナリング方法が用意されています。

ホーム画面で右下の「+」ボタンを押すと、3パターンのジャーナリングが提示される。

ジャーナリングした内容は、AIが分析、整理をして、ユーザーにフィードバック。例えば、ホーム画面では、自分の感情や思考のパターン、よく使う言葉などを振り返ることができます。

週末と毎月の月始めには、何についてどんな風に感じた1週間、1カ月間だったかの分析結果を友達のように語りかけてくれる『インサイト』というレポートも。

「インサイトでは、できるだけ評価をせず、その人のありのままを受け止めることを目指しています。自分の1週間、1カ月間を俯瞰して、自分らしさに気づく機会につなげてもらえたらと思っています」

週末と毎月の月始めに送られてくる「インサイト」では、よく使った言葉や感情のバイオリズム、何にどんな感情を抱いているかの傾向などが確認できる。

muuteが開発された背景には、Z世代(今の16〜25歳)が“自分らしさ”を発見しづらいのではないかという仮説がありました。

「60名以上へのインタビューから、Z世代の人たちは『自分らしく生きたいけれど、それが何かわからない』という悩みを抱いていることがわかってきました。一方で、この世代はSNSが常に隣にあるため、人とつながりすぎ、多くの情報が入ってきすぎて、自分自身と向き合う空間があまりありません。そこで、優しくて安心できるデジタル空間を提供したいと考えたんです」

10代のユーザーからは、「以前は『モヤモヤするな』『イライラするな』で終わっていたけれど、書き出すようになって、感情と向き合い、どう対処するか考えられるようになった」「自分ではネガティブな感情ばかりが気になってしまうけれど、客観的なフィードバックによって、いいこともあるとわかってホッとする」といった声が寄せられたそうです。

開発者である岡橋さんも喜多さんもmuuteの利用者の一人。岡橋さんは「感情検索がおすすめです」と話します。

「『ログ』の画面から感情アイコンを押すと、それぞれのアイコンを使って書いた過去のジャーナルが現われます。あまりいいことがなかった日に『満足』『嬉しい』『楽しい』などの記録を見ると、いいことがある日もあるとわかるのがいいところです」

感情検索では、感情アイコンをタップすると、それにひもづく投稿を見ることができる。

喜多さんは、好きでやっているはずのブラジリアン柔術が、実は自分のストレス源にもなっているという発見もあったそう。そうしたネガティブな面もまた、自分らしさなのだと喜多さんは話します。

「muuteでは、『誰しもが“自分らしさ”を受けいれられる社会を作る』という目標を掲げています。自分らしさには、どんな強みがあるか、何が好きかだけでなく、どんな弱さがあり、何が嫌いか、苦手かといったネガティブな面も含まれる。muuteが、ユーザーが自分らしさを認めて生きていくための助けになればうれしいと思っています」(喜多さん)

「感情ログ」を使って心の健康をキープする方法

では、手帳やアプリなどに書き留めた「感情ログ」を使って、どのように感情をコントロールすればよいのでしょうか。前出の浦尾さんは、『考え方』や『行動』と『その時の感情』との関わりのパターンに注目したいと説明します。

「私の専門である認知行動療法は、考え方や行動のパターンを少しずつ変えることで、ネガティブな感情を小さくしようというものです。自分の感情をログしていると、自分がついしがちな考え方、取りがちな行動パターンがだんだん見えてくるはず。感情の問題につながる考え方や行動パターンがわかったら、それをどう変えると気持ちが楽になるのか、考えてみましょう」(浦尾さん、以下同)

たとえば、感情ログを振り返り、「コロナが不安だから、外出を控えて引きこもる」という行動が、よけいに不安やゆううつな気分を強めていそうだなとわかったとします。

そこから、「早朝の人気のない公園を散歩すると、少しふさいだ気分もやわらぐかも?」などの仮説を立て、実験してみるのです。

自分の心をセルフケアするという意味では、ネガティブな感情だけでなく、ポジティブな感情についても、意識してログをつけるようにしてほしいといいます。

「特に大切なのは、一見とるにたらない小さな幸せを拾うこと。日々の幸福度が上がりますし、ログを振り返ったときに『案外、幸せもたくさん感じているんだな』と楽になるはずです。小さな幸せを拾うコツは、日々の『できたこと』や『うれしかったこと』に目を向けること。それらを繰り返し書き出しているうち、自分が幸せを感じるパターンを見つけることもできると思います」

ネガティブな感情と同様、ポジティブな感情にも個性があるもの。心のケアに関する小中学校の授業で「できたこと」や「うれしかったこと」を見つけるワークをしてもらうと、日々のちょっとした発見に喜びを感じる人、他人の喜びに幸せを感じる人、日々コツコツ積み重ねたことでの達成感を大事にする人、とさまざまな価値観があることがわかるそう。

「家族や友人と日々の『できたこと』『うれしいこと』を報告し合うのも、心のセルフケアになります。ハッピーな話題を共有すると心が穏やかになりますし、だれかの幸せの感じ方を知っていると、幸せをキャッチする能力が上がりますから」

生活に5分でも“ささいな幸せ”を組み込もう

SNSがごく身近になった今、多くの才能や知識を持っていたり、行動力があったりする人が評価されがちな社会になっていると浦尾さん。しかし、ちょっとした幸せに気づきが向けられる力は、実は誰もが持っている、心の健康を保つために大切な力なのです。

「特に受験生には強いプレッシャーがかかりますよね。『悪い点を取ってしまった』『成績が下がった』など悪いことにばかり目が向くかもしれませんが、大変な時こそ、毎日のちょっとした喜びや達成感にも目を向けるようにしてみてください」

今日は5分早起きできた、問題が早く解けて見直しできた、覚えた公式は使いこなせていた、夕飯に好きなメニューが出た……。きっとあなたの周りにも、小さな幸せは転がっているはず。

「自分の幸せのパターンかつかめたら、今度はそれを計画的に生活に組み込むようにしましょう。朝ゆっくりとココアを飲む、好きな漫画を読む時間を作るなど、ほんの5分だけでも自分の心が満たされる瞬間を作ると、心がマイナス方向に傾きづらくなりますよ」

ネガティブな感情につながる考えや行動を少しずつ変えつつ、ポジティブな感情につながる考えや行動は生活に組み込んでいく。それは、まめな手洗いや消毒、マスク、ソーシャルディスタンスとともに、コロナ禍で自分の健康を守るために重要なセルフケアなのかもしれません。

(取材・執筆:有馬ゆえ 企画・編集:鬼頭佳代/ノオト)

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2021年4月26日)に掲載されたものです。

取材先

浦尾悠子(うらお ゆうこ)さん

千葉大学 子どものこころの発達教育研究センター 特任講師。公認心理師、看護師。認知行動療法の観点から、子どものメンタルヘルスの問題を研究。独自に開発した、子どもの不安の病気を予防するためのプログラム「勇者の旅」は、千葉県を中心に全国の小中学校で実践されている。千葉大学医学部附属病院では、子どもの不安症やうつ病などの認知行動療法を担当。


ミッドナイトブレックファスト株式会社

ユーザーセントリックなアプローチで体験をデザインし、様々な領域で楽しくワクワクするデジタルサービスを企画、開発、運営しているデジタルサービススタジオ。2020年12月にAIジャーナリングアプリ「muute」をリリース。若者を中心に支持を集め、約1カ月間でAppStoreヘルスケア/フィットネス領域のランキング1位を獲得した。

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