「学び直し」が注目される今、本当は何を学べばいいのか――『独学大全』著者の読書猿さんに聞く

専門家に聞く

2022/07/13

近年、多くの場面で目にする「学び直し」の言葉。社会人になってから学び直しに励む人は、仕事で必要な知識を得ることを目的にしていたり、将来的なキャリアアップを目指していたり、人生における心の豊かさや生きがいを求めて勉学に勤しんでいたりと、さまざまです。

急速に変わりゆく時代の中、学び直すことの必要性に疑う余地はないでしょう。しかし、一体何を目標にして学べばいいのか、どんなことを学び直せばいいのか、今すぐ学ばないといけないのか――そう悩んでしまう方が多いのではないでしょうか。

そんな中、『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』の著者である読書猿さんは、「勉強は、あらゆる課題において最も効率的な解決方法。だから、学びは学生だけのものではなく、一生続くもの」と話します。どうして大人になっても学ぶ必要があるのか。学び続けるためには、どんなことをしなければいけないのか。

今回は、「独学の凡人」と称される読書猿さんに、学びの意義や学び続けるための心構えについて、伺いました。

学びとは生存戦略。再吟味を重ねることが「学び直し」

――今、「学び直し」の重要性が叫ばれています。しかし「学び」というのは、非常に広義です。読書猿さんにとって、「学び直し」はどういうものでしょうか。

「今まで学んできたことを再吟味すること」なんじゃないかと思っています。

例えば今、電話会社だけじゃなく行政などが主催した「スマホ教室」がたくさんあって、大勢の高齢者の方が参加しています。若い方は「そんなものわざわざ習うようなものか」と思うかもしれないけれど、スマートフォンって20年前にはなかったものなんですよ。デジタルネイティブでない人たちも、こうやって新しい現実に挑んでいる。お孫さんと連絡を取り合いたい、周囲と共通の話題で盛り上がりたいなどの動機かもしれませんが、これも「学び直し」の1つですよね。

人間、というより生き物はすべて、生きている限りずっと学んでいる。もちろん、学校の勉強だけではありません。新しい環境に移ったら、いろんなことをゼロから知らなくてはならない。慣れ親しんだ職場や家庭でも、日々問題が起こっていて、今までと違うやり方が必要になる。大小あらゆる人生の出来事やイベントは「学び」の連続です。

知識や技術は常にアップデートされていて、かつて学んだものはどうしても古くなる。日常生活の中でも揉め事が起きたり、壁にぶつかったりする。そんな時こそ、「今まで学んできたことは正しかったのか。これで良いのか」と考え直す機会です。自分が置かれた状況とともに、自分が重ねてきた「学び」に対してもメタレベルに立って批判的に吟味し、こうして問題を解決していく。これこそが「学び直し」なのだと思います。

――「学び直し」というと、社会人が再びセミナーや大学院に通ったり、自らテキストを開いて勉強したりする印象が強くあります。読書猿さんにとって、「学び」とは壁を乗り越えるための生存戦略なのでしょうか。

そうですね。多くの人は「学び」に対して狭くて硬い価値観を抱いているのかも、と思います。学校の教室で先生の話を聞いて、教科書を開き、ノートをとることだけを「学び」だと捉えるならば、卒業した瞬間に「やっと勉強から解放された!」と思うのも無理はありません。本当は、学校というのは一生使える〈学び方〉という武器を授けてくれるところなんですけどね。

私たちは、日々新しい現実に直面している。だから学びは一生続くのです。人生には何度も課題がやってきますが、学ぶことを避けていると、「逃げる」とか「耐える」みたいな解決法しか使えません。人生の課題に挑むために学ぶことに比べれば、学校で良い点を取ることはそこまで重要ではない。大切なのは、課題に対して真摯に学び、それを乗り越えられるかどうかではないでしょうか。

『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』(ダイヤモンド社)。索引を除き752ページに渡って、独学のノウハウを書き連ねている

「すぐに役に立つ学問」はあまり役に立たない?

――人生で立ちはだかる壁に備えたいと思ったとき、まずはどんな学問に手をつければよいのでしょうか?

おすすめしたいのは、抽象度の高い学問です。というと、大体みんな嫌がるんですけど(笑)。

「すぐに稼げる」「すぐに役に立つ」とされる知識や、セミナー、書籍は、本当に「すぐ役立つ」ものであったとしても、案外すぐに役立たなくなることが多いです。

おまけに参入障壁も低いために、競争相手もどんどん増えて、供給過多で結果的に安く買い叩かれやすい。他の分野や業界では、まったく通用しないケースも少なくありません。

聖書でも「狭き門より入れ」といいますが、すぐには役に立たなかったり、職業や収入に直接つながらなかったりする抽象的な学問こそ、時間をかけて身につけるべきではないかと思います。競争相手は少ないし、一生役に立つので。

例えば経済学を学ぶと、「市場価値を高めよう」みたいな言葉がいかにインチキか分かります(笑)。自分の能力が賃金を決めているわけじゃないことが理解できる。威勢のいいデマや落ち込ませるようなウソに惑わされず、自分のエネルギーを正しい方向に使うことができ、生きやすさにもつながります。

――「短期的に役に立つ知識」に目を向けたくなりますが、難しい事柄でもコツコツと学んでいくことが大切なんですね。

「勉強」という作業は、あらゆる課題を解決できる、最も効率的なアプローチなんですよ。なぜなら、私たちが日頃頭を悩ませている大抵のことは、すでに先人の多くが悩んできたことでもあるからです。彼らの一部は悩みの解決法を書き残し、さらに解決法を抽象化して、知識や理論に変換している。「学問」というのは、つまるところ、膨大な数の先人が重ねてきた知恵のかたまりなんです。

だから私たちは、自分で〇〇学を発明しなくとも、すでにある学問を学ぶことで、何らかの道が拓ける。これを「巨人の肩に乗る」といいます。人類が積み重ねてきた知識を自分の味方につける訳で、ある意味、どんな解決方法よりもショートカットな作業だと思います。

1日1分から始めてみることで、学習への強力な動機が生まれる

――仕事や家事などがある中で、勉強の時間を取るのは大変……という方も多いかと思います。ハードルを下げる方法はありますか?

とりあえず、1分だけやってみることです。「完璧にやりたい」とか「何時間やらないと意味がない」と思う人が多いかと思うのですが、そういう<正しい勉強>という思い込みは捨てた方がいい。学ぶことはもっと自由なんです。特に、大人が自分で始める「独学」は。

「1分間だけやる」ことにはもう1つ狙いがあって、大抵の人は、それだけではやっぱり物足りなく感じる。「もうちょっとやりたい」と思ってしまう(笑)。「中途半端は嫌だ」という気持ちを利用して、勉強に対する動機づけを生むわけです。中断したことから強い動機づけが生まれることを、この現象を研究した人の名前をとって「オヴシアンキーナー効果」と呼ぶのですが、その応用ですね。

学ぶことは大変ではありますが、困難は分割できる。時間だけでなく、ゴール設定もそうです。例えば目標が100だとすれば、その100分の1を考えてみましょう。300ページの本を読むのは大変でも3ページならそうでもない。小さく分けることが習慣にできると、勉強の習慣化も楽になります。

――勉強が習慣化してくると、途中で成長を感じられなかったり、勉強内容に難しさを感じたりして、辛さを感じることもありそうです。モチベーションを保つ方法を教えてください。

『独学大全』にも「記録をとるものは向上する」と書いたのですが、「ラーニングログ」と「メタノート」という記録の技法がおすすめです。

「ラーニングログ」では、「今日はどれだけ進んだか」を記録します。「テキストを◯ページ読んだ」「1か月のうち○日学んだ」など、進捗状況を淡々と書き込むのです。

縦7横52のマス目に、学習した日を塗りつぶすことで、「7日間もしくは1年のうちどれくらい学習したか」が可視化できる。(『独学大全』より)
目次を参考に「1冊の本をどこまで読み進めたか」を可視化することも。自身が学習したいものに合わせて、ログのまとめ方を変えていくとよい。(『独学大全』より)


一方「メタノート」では、「ラーニングログ」を読み返したり、学んだりしている間に気づいたことを記録するものです。

自分の独学をメタレベルで振り返り「気づき」を記録していく。(『独学大全』より)


書くことは客観化することです。記録を取ることを続けていくと、気分や調子に左右されにくくなる。学習を継続するために必要なのは、感情をあてにしないことです。勉強を始めるときは「やるぞ!」と盛り上がっても、そんな気分は長く続きません。しかし、少しずつ学んだことを一つひとつ記録していくと、あとで「こんなに積み重ねてきたんだ」と分かる。それは気分や感情ではなく、事実に支えられた自信となります。

そもそも、目標を持って何かに取り組むことに、苦しみはつきものです。いつもうまくいくわけじゃないし、予定通りいかないと「自分ってダメだな」と落ち込んだりもする。でも、その辛さは、前に進んでいるからこそ受ける「逆風」なんです。迷ったらラーニングログやメタノートを読み返してほしい。気分は上がり下がりしますが、ノートに書いた記録は変わりません。移ろいやすい感情とは違って、変わらずあなたを支えます。

学生のうちに身につけておきたいのは「独学力」

――これまで、学校で受動的に学びを得てきた中高生や大学生も少なくはないでしょう。いずれ社会に出たとき、主体的に学習できるようになるために身につけておくべきことは何でしょうか?

知っておいてほしいのは、社会に出てからが学びの本番だということ。そして、そこでの学びに必要な技術は、実は学校の中で学んできているのだ、ということ。もちろん誰もが十分に学んだとは言えないかもしれません。そんなときは『独学大全』で足りない分を補ってください。

特に今、社会は分業が進んでいます。社会で必要な仕事を各々で分け合って、お互いを助け合い、補い合っている。どの仕事も、それを専門にする人たちによって担われている。社会に出て働くということは、それぞれの分野で専門家になることなんです。そして専門家は、その専門知識やスキルをアップデートし続けなくてはいけません。だからこそ、社会に出てからこそ「学びの本番」なんです。

――具体的に、どんなことをすればいいのでしょうか?

先程も言いましたが、先人が重ねてきた「知の力」を借りることです。実は、そのための専門機関が全国にあり、誰もが無料で利用できます。それは図書館です。学びたいことが出てきたり、困ったことがあったりしたら、図書館に頼る習慣を身につけるといいと思います。

とあるアメリカで行われた研究によると、人間は何かに悩んだとき、まず家族や友人などの身近な人や、学校の先生や知人などに相談してみるそうです。困ったときに「図書館に行こう」という人は、あまりいません。図書館が大好きなアメリカ人でも3%くらいで、日本人だともっと少ない。図書館を使いこなせるだけで、相当なアドバンテージになります。

図書館には、先人の試行錯誤や、うまくいった解決方法を抽象化した知識や学問が、書籍や資料の形で山のようにあるわけです。その数は膨大すぎるので、慣れていないと目当てのものをうまく探せないかもしれませんが、そんな人の相談に乗ってくれるレファレンスカウンターもあります。

まずは図書館にアクセスする習慣を身につけて、気になる分野の本や資料を探したり、レファレンスカウンターで相談してみたりする。どんどん調べ物をしてほしいと思います。

書籍探索のやり方(『独学大全』より)


――図書館に行くのは、年齢を問わず大切な行動習慣になりますね。学生のうちに身につけておくことで、大人にも大きな糧になりそうです。

時々、「学生のうちに勉強しておけばよかった」と嘆く大人がいますよね。その人は、学びの絶好な機会に出会っているはずなのに、気づいていないんです。自分に足りないところがある事実に突き当たったときこそ、学ぶときじゃないですか。「今から学べばいいじゃない」と言いたいですね。

――学びを始めるのに遅すぎるなんてことはない、と。最後に、年齢問わず学習を続けていくために意識したいことを教えてください。

たくさん失敗しましょう。失敗は、その人のためだけにオーダーメイドされた最良の教材なんです。自分に何が足りないかを、この上なく具体的に教えてくれる。しかも失敗から立ち直ると、本物の自信が手に入ります。

今、失敗が許容されない社会ですよね。そのせいで失敗することが怖い方も少なくないでしょう。しかし失敗を避けようとすると、余計に失敗が怖くなる。回避は、不安や恐れを増大させるんです。すると、なんでもないことまで怖くなって、行動の範囲がどんどん狭くなり、学びの機会自体が失われてしまいます。

一日1回、小さな失敗に挑戦することを習慣にしてもいいくらいです。失敗への不安や恐怖が弱くなります。もしもうまく失敗できなかったら、失敗することに失敗したのだから、ノルマ達成です(笑)。積極的に失敗を経験して、有益な学びに転換していただきたいですね。

(企画・取材・執筆:桒田萌/ノオト 編集:野阪拓海/ノオト)

取材協力

読書猿さん(イラスト:塩川いづみ)

ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年以降メルマガやブログを開設。先人たちが残してきたありとあらゆる知を独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。『アイデア大全』、『問題解決大全』(共にフォレスト出版)、『独学大全』(ダイヤモンド社)を執筆。

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2022年7月13日)に掲載されたものです。

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