元車掌・運転士の先生に聞く! 鉄道を学ぶ学校ってどんなところ?

先輩に聞く

2018/02/15

鉄道ビジネスに対応した教育を施す高校は、全国でたった2校しかない。その一つが、JR上野駅・入谷口を出てすぐのところにある岩倉高等学校だ。

いったいどんなカリキュラムで、どんな授業が行われているのか。普通科とは何が違うのか。運輸科では何が身につけられるのか。自身も同校の卒業生であり、以前は車掌や運転士をしていた経歴を持つ、進路指導部主任・鉄道実習担当の大日方(おびなた)樹先生に話を聞いた。

鉄道関連の仕事を目指す「熱い生徒」が全国から集まる

――運輸科がある高校というのは、珍しいですね。

校名の由来は、幕末の政治家で鉄道の発展に貢献した偉人、岩倉具視です。鉄道で働く人を養成する目的で作られ、2017年度で創立120周年を迎えました。

普通科と運輸科があり、2012年からは男女共学となりました。生徒数は普通科が各学年280~300名、運輸科が約120名です。運輸科は男子のほうが多いですが、女子も各学年数名います。
運輸科もあくまでも高等学校なので、授業時間の3分の2は国語や英語などの普通科と同じ科目、残りが鉄道・旅行関連の科目です。後者の時間では、鉄道について学ぶ授業や観光プランの作成、旅行業の国家資格取得を目的とした勉強を行っています。

――運輸科には、どういった生徒が入学するのでしょうか?

単に鉄道好きというだけではなく、職業として鉄道に携わりたいという熱い意志を持った生徒が全国各地から入学していますね。片道2時間半かけて、新幹線で自宅から通学する生徒もいます。

「人の命を預かっている」ことも伝えていく

――運輸科で学ぶ内容について教えてください。

お客様あっての鉄道であり、運賃をいただく「サービス業」です。駅員や乗務員のように表に出る仕事と、車両や線路の整備をする裏方、その両者がいて初めて成り立っている。まずはそういった基本的なことから伝えていきます。同時に、1年生から旅行業務取扱管理者の資格を取るための勉強を始めます。3年生になると高校生が旅行プランを提案する「観光甲子園」の全国大会に出場するための準備やプレゼンテーションについても学びます。
ホスピタリティの授業もあります。これは、障がいのあるお客様や高齢者について、自分が逆の立場になったら何が困るのか、どういうサポートが必要なのかを知ってもらうという内容です。例えば、目隠しをして自動販売機やお金の投入口などを触ることで、目の不自由なお客様にどういう不便さがあるのか、どのようなサポートが必要なのかを体感してもらいます。

さらに、車いすに実際に乗って操作をすると、地面は平坦ではなく、ちょっとした段差で空転してしまうことも授業で学びます。よく生徒にも言うのですが、「車いすの方」は存在しません。あくまで「車いすご利用のお客様」です。そういった言葉一つひとつの配慮が大切ですから。

目の不自由なお客様であれば、行き先をどう説明すれば一番分かりやすいのか。こっち、あっちだと伝わらないけど、「右側に90度曲がる」なら伝わりやすいかもしれません。それは結果的に、誰にとっても分かりやすい「正確に伝えるスキル」へとつながっていきます。

――校外学習や実地研修もあるそうですね。

毎年、JR東日本・JR東海をはじめ、東京メトロ、小田急電鉄、今期からは京王電鉄でもインターンシップを行いました。また、車掌や運転士など様々な仕事に携わっている本校OB社員からお話を伺う機会もあります。岩倉高校の長い歴史の中で、たくさんの人材がOB・OGとして活躍しているのは大きな利点です。

そのほか車両工場見学など、技術系の仕事に触れる機会も設けています。15~16歳だと、どうしても自分の好きなものだけに目がいってしまいがちですよね。「鉄道関係には、そういう仕事もあるんだ」と視野を広げてもらう狙いもあります。

――授業のカリキュラムは、時代とともに変化しているのでしょうか?

我々教える側も、新しいものにチャレンジしなければいけません。座学では、安全に関する授業も取り入れています。JR福知山線の脱線事故など、人災と呼ばれるものもあります。「人の命を預かっている」ことの重要さを伝えていくことも使命の一つです。

人間は完ぺきではなく、ミスをする生き物です。事故は起こる可能性が必ずあるので、それを最低限の被害で抑えるリスク管理も必要となります。何か失敗した後にパニックにならないよう、落ち着いて迅速に次の行動をするスキルも必要だと思います。

過去の事故を題材にして、いまどういう風に改善されているのかを伝えていく。そういったことも積極的に取り組んでいます。

乗降客の安全を確認するための車掌用シミュレータ。他にも踏切装置など、実際に鉄道で使用されているものと同じ機器類が校内に設置されている。

地元に帰るか、東京で就職するか

――やはり駅員や運転士を目指す生徒が多いのでしょうか?

鉄道会社で働くことに興味を持っている生徒が圧倒的に多いですが、明確に定まっていない子もいます。あと鉄道の場合は、どうしても「適性」が必要になります。クレペリン検査(※精神機能や性格を判定する検査法)などによって判断し、適性として「この職種は厳しい」となった場合には、違う進路先を提案することもあります。

例えば、「運転系の仕事は難しいけど、駅で接客する仕事はどう?」という提案をし、相談しながら進路を選択してもらう。女子の場合は、運転系よりも改札業務やきっぷの販売など、接客関連の職種に魅力を感じる生徒が多いですね。

――進路の悩みというのは、具体的にどういった内容が多いのでしょうか?

前提として高卒での就職には、内定をいただいたら必ず入社しなければならない「1人1社制」というルールがあります。つまり、大学や専門学校と違って、複数の就職先にエントリーできません。

そのため、まずはどの会社を受けるのか。そして、旅客系、技術系、また貨物系などの中から、どういう職種を選ぶか、これを決めなければいけません。また、バスや航空関係など鉄道以外の道に進む生徒もいます。

地方から上京した生徒は、東京で就職するのか地元に帰るのかも悩みどころです。地元の鉄道会社での就職を希望しても、卒業年度に採用募集がない場合や、第一志望の鉄道会社に入れなかった場合は、別の会社を受けるのか進学するのかについても考えなければいけません。

校内にあるシミュレータの運転台。最近はデジタル化が進んでおり、機器類も年々進化しているという。

違う世界を見ることで、新たな進路が見つかることも

――中学卒業後すぐに「鉄道の道に進みたい」という子どもに対し、戸惑う親御さんもいるのでは?

14~15歳で自分の将来について明確な意志をもつのは素晴らしいし、なかなかできないと思います。それに対して、大人は素直に応援してほしいですね。

生徒も、とにかく真面目な子が多いんですよ。学校説明会の準備など、「手伝ってくれる人いる?」と声をかければすぐに手を挙げてくれますし、行事にも積極的に取り組んでくれます。好奇心旺盛で色々なことにチャレンジする生徒は伸びますし、就職でも第一志望に内定するケースが多い。多様な経験を積むことが自信につながる、というのもあるでしょうね。

――先生も岩倉高校の卒業生だと伺いました。大学へ進学し、相模鉄道で運転士を経験された後、教諭として戻ってきたそうですね。

実は、教員になることは全然考えていなかったんですが、いつかは「教える側になれればいいな」という思いはありました。結局30歳を過ぎて、運転士として働きながら通信制大学で教員免許を取得しました。仕事の合間や休憩時間に勉強したり、レポートを書いたり、教育実習をやったりと、いろいろ大変でしたが、新たな世界を知ることができ新鮮でした。

私は岩倉高校を卒業した当時は「バブル期」。私は就職せず大学に進学したのですが、卒業の頃がいわゆる「就職氷河期」だったので、高卒で就職しておけば良かったかな……と思いましたね。とはいえ、大学を卒業していたおかげで教員免許取得に繋がりました。そう考えると進学は無駄ではなかったな、と今は思います。

――最後に、進路や生き方に悩んでいる人へメッセージをお願いします。

進路といっても色々な選択肢があるので、悩むこともあれば思い通りにいかないこともあります。また、希望していた仕事に就いたとしても、良いこともあれば悪いこともある。私も運転士見習いのときは勉強漬けでしたし、身につけるべき技術も多く、時には辛い時期もありました。

でもそれを乗り越えたとき、必ず「達成感」があります。自分から「こういうことをやりたい」と発信すれば、誰かが声をかけてくれたり、サポートをしてくれたりします。また、自分がやりたいと思っていたものとまったく違う仕事が、実は自分に合っている場合もあります。

その可能性も、殻に閉じこもっていては発見できない。違う世界を見ることは、進路の選択にもつながってきます。視野を広げ、色々な経験をして、少しずつでもいいので「一歩前」に踏み出してみてください。

(取材・文:村中貴士 企画・編集:鬼頭佳代/ノオト)

取材協力

大日方 樹(おびなた いつき)

岩倉高等学校 鉄道科教諭 進路指導部主任。1993年に岩倉高等学校運輸科を卒業後、大学を経て相模鉄道に入社。2001年に動力車操縦者運転免許(甲種電気車)を取得し、電車運転士の傍ら2007年に東洋大学法学部で教員免許を取得。2009年より現職。鉄道・観光科目や就職指導を担当。鉄道模型部顧問として生徒の指導のほか、全国高等学校鉄道模型コンテスト実行委員として企画や運営を担当。高校生による地域活性化にも尽力している。全国高等学校観光教育研究協議会委員。総合旅行業務取扱管理者。

※本記事はWebメディア「クリスクぷらす」(2018年2月15日)に掲載されたものです。

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